若い詠み手による「現代俳句」のおすすめ句集、3選
「俳句」というものに、どこか古臭く堅苦しいイメージを持っている方もいるかもしれません。しかし、近年ブームになりつつある短歌と同じように、俳句の世界にも若く個性的な詠み手がたくさん存在します。今回はそんな「現代俳句」のおすすめの句集を3冊ご紹介します。
2010年代以降、インターネットを通じ若い世代の間でブームとなった現代短歌。TwitterやInstagramなどのSNS上でも、プロ・アマチュアを問わずさまざまな人々が、カジュアルに短歌を投稿しているのを目にすることも増えたのではないかと思います。
一方で、「現代俳句」は難しそう、どう詠めばいいかわからない……と感じている方も多いかもしれません。俳句は短歌と比べ、季語が入ることや音数が17音(5/7/5)ととても短いことからハードルが高いと思われてしまいがちですが、無季の俳句や自由律の俳句も存在し、想像以上にそのルールは自由です。また、伝統的な有季定型の形であっても、自由でのびやかな俳句を詠む俳人も多く存在します。
今回は、これから現代俳句に触れてみたいという方に向けて、2010年代以降に発表された若い俳人によるおすすめの句集を3作品ご紹介します。
『光まみれの蜂』(神野紗希)
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4041101328/
『光まみれの蜂』は、俳人・神野紗希が2012年に発表した第1句集です。神野は高校時代、高校生を対象にした俳句コンクールである「俳句甲子園」の取材をきっかけに作句を始め、2001年に同大会の団体優勝を果たし、翌年には公募制の賞である第一回
神野の俳句は、繊細な感覚に支えられたのびやかな言葉遣いが特徴的です。
起立礼着席青葉風過ぎた
カンバスの余白八月十五日
ひきだしに海を映さぬサングラス
といった10代のときに詠まれた句からは、特にそののびやかさが強く感じられます。1句目の“起立礼着席”では、号令として馴染み深い言葉の流れるようなリズムが、そのまま春の教室をスーッと通り抜ける風の描写につながることで、10代が漠然と感じている開放感や焦燥感、風が吹くだけでも何かを感じ泣きそうになってしまう傷つきやすさ──などが浮かび上がってきます。
2句目、3句目では、夏という生命力に満ち満ちた季節を背景にしながらも、“八月十五日”や“海を映さぬ”という言葉によって、ただの明るさではなくすこしトーンの暗い、陰を併せ持ったまばゆさが感じられます。
また、
すこし待ってやはりさっきの花火で最後
目を閉じてまつげの冷たさに気づく
といった、口語を効果的に用いた俳句も多く見られます。“すこし待って”の句は花火大会で最後らしき花火が打ち上げられたあと、まだ続くのかと一瞬身構える観客たちの様子を描いていますが、“やはりさっきの花火で最後”と七五調ではないダラッとしたリズムの言葉が連なることで、一瞬の沈黙のあとに弛緩する空気と、突然やってくる“最後”を巧みに再現しています。
読みやすく、生き生きとした俳句の素晴らしさに触れられる本書は、初めて現代俳句に触れる方におすすめなのはもちろん、これから自分で俳句を詠んでみたいという方にもおすすめしたい1冊です。
『火の貌 』(篠崎央子 )
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4781412939/
『火の貌』は、俳人・篠崎央子が2020年に発表した第1句集。本書は、篠崎が俳誌『未来図』に入会した2002年から18年にわたって詠み続けた俳句を1冊にまとめた作品です。
パンの
黴 剥ぎ一行の詩を練りぬ
握手してどくだみの香を移したる
浅蜊汁星の触れ合ふ音立てて
篠崎の句は、パンの黴を削ぐ、人と握手をする──といった、瑞々しさを感じさせる生活の実感に溢れています。同時に、そんな日常のワンシーンが“一行の詩”や“どくだみの香”へとシームレスにつながっていくような、美しい詩情もあります。あさりが味噌汁のなかでカチカチと触れ合う音を“星”の触れ合いに例える1句の情感には、思わずうっとりとさせられてしまいます。
それだけでなく、篠崎の句には、一見静かでありながら、内側に途方もない激しさを秘めているような作品も散見されます。
火の貌のにはとりの鳴く淑気かな
恋の数問はれ銀杏踏みにけり
伝票のうつすらと濡れ鱧料理
白き炎を吐きて女滝の凍てにけり
表題にもなっている“火の貌”の句は、赤い顔の鶏が鳴いている新春の賑やかな雰囲気を詠んだ1句ですが、文字どおり、言葉の端々からも火のように燃え上がる生命力を感じます。また、“恋の数”を問われてただ銀杏を踏むという句からは、一筋縄ではいかない恋愛の経験を持ちながらも、それをあえて言葉にしない情熱家のような人物像が浮かび上がってきます。
篠崎は、自身の作句のルーツは大学時代に始めた『万葉集』の研究にあると語っています。
万葉人にとって詩は自ずから溢れ出る思いを古きことば古き韻律に乗せることにより、神の啓示のように捉えようとした祈りのようなものなのかもしれない。(中略)私の俳句は、旧仮名文語体有季定型だ。私にとって、この日常とは違う古きことば古き韻律そして季題こそが、俳句に詩情を与える装置なのだと思っている。
──『セレクション俳人プラス 超新撰21』より
伝統的なことばと韻律、季題を“装置”にして生み出される篠崎の力強い俳句は、これまで古典的な俳句にあまり触れたことのない読者こそ、新鮮で魅力的に感じるかもしれません。
『天使の涎 』(北大路翼)
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4897097770/
『天使の涎』は、俳人・北大路翼による第1句集です。北大路は少年時代に種田山頭火の自由律俳句に感銘を受けたことで俳句の創作を始め、2011年からは「
『天使の涎』は2012年から2014年の間に作られた15000句あまりから2000句を抜粋した句集で、2016年には、若手の俳人の優れた句集に贈られる賞である第7回田中裕明賞も受賞しています。
“アウトロー俳句”と紹介されることもある北大路の俳句は、有季定型の伝統的な俳句の形はとっているものの、ひと言で言えばとても破天荒。
沈丁花君の便器でゐたかつた
全レース外す恍惚花卯木
ウーロンハイたつた一人が愛せない
露悪的かつ、どこか芝居がかった歌詞のような言葉選びは、伝統的な俳句に馴染みのある方が初めて読むとすこし驚かされるかもしれません。しかし、1句1句がまるで殴りかかるかのように、ストレートに胸に飛び込んでくる力を持っています。
また、
ハロウィンの斧持ちて佇つ交差点
四トン車全部がおせち料理かな
冬帽子目深に無人契約機
といった句からは、舞台である新宿の街の猥雑さや特殊性、集う人々の多様性が強く感じられます。“四トン車”にぎっしりと積まれたおせち料理が何千という店に運び込まれる一大歓楽街でありながら、同時に消費者金融の契約機にひっそりと並ぶ人の姿もあとを絶たない街・新宿。北大路が詠む新宿の街のなにげない様子からは、人の営みの物悲しさや愛おしさ、業の深さがありありと伝わってきます。
俳句という形式にすこし堅苦しさや難解さを感じてしまう……、という方には、ぜひ読んでみていただきたい1冊。俳句への固定観念が根底から崩されること間違いなしの、唯一無二の句集です。
おわりに
今回は、口語を多用した現代俳句、文語体の現代俳句、そして“アウトロー俳句”と、それぞれタイプの違う現代俳句の句集を3作品ご紹介しました。
ひと言で“俳句”と言っても、伝統的な作品から革新的なもの、華やかな作品から静けさを湛えたものまで、その魅力はさまざまです。ぜひ、今回ご紹介した3作品を入り口に現代俳句の世界に足を踏み入れ、お気に入りの俳人を見つけてみてください。
初出:P+D MAGAZINE(2020/11/18)