【著者インタビュー】小西マサテル『名探偵のままでいて』/認知症の名探偵を描く『このミステリーがすごい!』大賞受賞作
主人公の孫娘が持ち込む大小様々な事件を、レビー小体型認知症を患いながらも鋭い洞察力をもつ71歳の祖父が見事に解決! ミステリ愛や蘊蓄に富んだ、第21回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作の著者にインタビューしました。
【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】
孫娘が持ち込む様々な「謎」をレビー小体型認知症の祖父が鮮やかに解き明かす――心和む安楽椅子探偵ミステリ!
名探偵のままでいて
宝島社 1540円
装丁/菊池祐 装画/Re°(RED FLAGSHIP)
小西マサテル
●こにし・まさてる 1965年香川県生まれ。明治大学文学部英米文学科卒。在学中から漫才コンビ「チャチャ」として活躍し、解散後は放送作家に。2022年末現在、『ナインティナインのオールナイトニッポン』『徳光和夫とくモリ!歌謡サタデー』『笑福亭鶴光のオールナイトニッポン.TV@J:COM』『明石家さんま オールナイトニッポンお願い!リクエスト』の構成や、高松一高落語研究会の先輩・南原清隆氏の単独ライブ等を手がける。165㌢、60㌔、A型。
ミステリは弱点があるから面白く愛おしい それを批判込みで楽しむ文化に憧れてきた
〈「認知症の老人」は「名探偵」たりうるのか?〉―。
学生時代から放送作家として第一線で活躍し、『名探偵のままでいて』で、宝島社主催の第21回『このミステリーがすごい!』大賞の大賞を受賞した小西マサテル氏。受賞作は、自分でも推理小説を書いてみたいという長年の夢と、父が患っていたレビー小体型認知症(DLB)に関するより正確な理解を広めたいとの思いが、理想的な形で結実した作品だったという。
「もちろん何かしらの形で発信はしたでしょうけど、認知症の名探偵というこの一見矛盾した設定を思いつかなければ、執筆には繋がらなかったでしょうね」
それこそ推理という論理的思考の産物と、発病以来歩行もままならない祖父、通称〈碑文谷さん〉の取り合わせの妙こそ、本作の命。元小学校校長の祖父に憧れ、自身も教師になった主人公〈楓〉が持ち込む大小様々な事件を、『夜明けの睡魔』等で知られる文芸評論家、故・瀬戸川猛資氏のワセダミステリクラブ時代の後輩でもあった祖父は、まさしく安楽椅子探偵さながらに解決してしまうのである。
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DLB最大の特徴である幻視やパーキンソン症状はあるものの、依然鋭い洞察力をもつ71歳の名探偵と、東西古今のミステリを読み漁る27歳の楓。そんな彼女に恋する同僚教師〈岩田〉や、彼の後輩で変人気質な劇団員〈四季〉を助手役に、本作では1章〈緋色の脳細胞〉以降、密室や人間消失といった王道の謎を巡ってミステリ愛や薀蓄に富んだ全6章が展開していく。
「僕自身は高松出身でして、本屋さんに入り浸る毎日を過ごし、小学生当時は翻訳物も含めて何でも読んでいました。ある時、少年探偵団に入りたくて電話帳を調べたら、結構あるんですよね、探偵事務所が。『高松にも探偵おんのや』と早速電話をかけてみたら、相手の女性が大変洒落のわかる方で、『先生は今、怪盗を追って海外に出張中なんです。帰国されたらご連絡しますね』って(笑)」
やがて小西少年は高校へ進むが、ミステリ同好会はなく、別の部活をやむなく探す中、ふと耳に飛び込んできたのが大爆笑をさらう落研の舞台だった。実はこの時、聴衆を沸かせていたのが後のナンチャンこと南原清隆氏で、その背中を追うように上京した著者は、まずは漫才でデビューする。
「芸人でも十分食えていた矢先、相方が就職しちゃって。その時声をかけてくれたのがコント赤信号の渡辺正行さんで、気づけば構成作家歴30年強です。
つまり僕はこれまで一銭にもならない文章というのを書いたことがなく、99%落ちるに決まっている小説の応募原稿を書く壁は、他の方より高かったと思う。そこをあえて挑戦したのは、同じ業界の志駕晃さんが『スマホを落としただけなのに』を書かれたこと。もうひとつは3年前に逝った父のことがあったから。
父の幻視の場合、おかっぱの子や〈青い虎〉が現われたり、味噌汁の中に目玉なんかがまざまざと
目黒区の瀟洒な一軒家に今も介護士らの手を借りて暮らす祖父は、おじいちゃん子である楓にとって最愛の肉親だ。愛飲する煙草〈ゴロワーズ〉の紫煙の彼方で〈知性の光〉を取り戻す祖父に、まずは楓が仮説を披露し、矛盾について議論しながら真実に近づいていく、2人の時間がいい。
祖父は推理を〈物語〉と呼び、その真相が
そして先述した瀬戸川氏の著作になぜか挟まれていた訃報記事の謎や、近所の居酒屋で起きた殺人事件の密室の謎。さらに楓が死の危機に直面する終章まで、謎解きはもちろん推理小説を愛する者特有の感覚まで楽しめる、ミステリ好きのためのミステリなのだ。
怖くて辛くても笑いに転換する
例えば〈翻訳もののクラシカルな本格って、ミステリという所詮はつくりものに過ぎない鋳物の中にさらにいくつかの鋳物が入っちゃっているんです〉と、それらを〈マトリョーシカ・ミステリ〉と呼び、独自の見解を披露する四季の少々ややこしい愛情は、小西氏自身のものでもあるとか。
「リアリティと最も遠い文学形式が本格ミステリで、いわばそもそもが現実世界のパロディなのではないかと。だからこそポーの『モルグ街の殺人』以来、200年近くも続き得たと思うし、密室や人間消失物といった王道に僕があえて拘るのも、それでも楽しめるか否かがミステリの生命線だから。『新カー問答』の松田道弘氏も言うように100点満点のミステリなど願い下げ。弱点があるから面白く愛おしいのがミステリで、それをツッコミや批判込みで楽しむ文化に、僕自身、憧れてきた1人なんです」
そうしたある種お笑いにも通じる姿勢は、どんな時も笑いを忘れなかった亡父に教えられたものでもあるという。
「うちは中2の時に母親が死んでから父1人子1人。笑わないとやっていけないんですよ。弁当も交代で作って点数を付け合い、『ご飯の上にツナ缶ドーンってどんな弁当や! でも面白いから100点』とかね(笑)。
DLBを発症してからも『虎より若い女がええな』と冗談を言って妻を大笑いさせたり、かと思うとその虎の幻を『今日こそ無視するぞ。だって私はタイガースファンじゃないか』と震える字で日記に書いていたり。本人がいちばん怖かったはず、辛かったはず。でもそれを笑いに転換する。本当に尊敬していました」
詳細は書けないが、病も人の業も全て受容するかに見えた祖父が、己の怒りに意志の力で抗い、どうにか踏み止まるシーンは、知性という言葉を改めて考えさせ、感動的ですらある。
「ことによると“碑文谷”は、自身の病さえも一つの存在証明だと捉えているのかもしれません」
きっと小西父子にとっての“笑い”も、それに近いのだろう。
●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光
(週刊ポスト 2023年1.27号より)
初出:P+D MAGAZINE(2023/01/21)