採れたて本!【デビュー#09】
ここ数年、日本では〝伏線回収〟が大人気だが、第30回松本清張賞を受賞した森バジルの『ノウイットオール あなただけが知っている』は、ある意味、究極の伏線回収小説かもしれない。
物語の舞台は、現代日本のどこかにある地方都市、切縞市。そこで起こる五つの出来事が五つの別々のジャンルに属する短編小説として語られる。
〝探偵界のブラック・ジャック〟を自称する女探偵が、男子高校生の助手とともに、地元暴力団の組長からの依頼を解決し、超高額の報酬をふんだくる本格ミステリ「探偵青影の現金出納帳」。
高校のクラスメイトの男女がコンビを組み、厳しい練習と毎週末のストリート漫才を経てM−1グランプリ優勝をめざす漫才青春小説「イチウケ!」。
18歳の誕生日を迎えると同時に、失踪した父から昔もらったデザインリングの機能が発動、驚くべき力を操れるようになった女子高生のもとに、君を助けに来たと言う未来人が現れる時間SF「FUTURE BASS」。
宿敵である吸骨鬼族の女ともども異界からこの世界に追放されてきた魔法使い族の戦士が、蘇生させた人間(霊魂のような状態)を相棒に宿敵と戦うアクション・ファンタジー「ラクア゠ブレズノと死者の記憶」。
ある問題を抱えた30歳の女性が、地元の短歌会で知り合った男性と運命的な恋に落ちる恋愛小説「恋と病」。
各話に残された謎や違和感の正体がのちのち明らかになり、あなた(=読者)だけがすべてを知る(know it all)ことになるという仕掛け。高校生漫才コンビの路上ライブとM−1グランプリの日程が各話をつなぐ役割を果たし、SFならではの特殊設定がサプライズの鍵になる。〝この出来事の裏では実はこんなことが起きてました〟とか、〝この人の不可解な行動の目的は実はこれでした〟とかのタネ明かしや謎解きがびしばし決まり、ジグソーパズルの意外なピースが意外なところにハマる快感を堪能できる。
選評で辻村深月が、〈抜群のきらめきに満ちていた「青春小説」パートは見事だった〉と賞賛するとおり、五つの中ではとりわけ漫才パートがすばらしいが、それをスプリングボードに使ってSFとファンタジーで物語を飛躍させ、最後にロマンスで着地させる構成も鮮やかだ。
著者の森バジルは、1992年、宮崎県生まれ。第23回スニーカー大賞優秀賞を受賞した『1/2 デュアル 死にすら値しない紅』を2019年にスニーカー文庫から刊行。本書が単行本のデビュー作となる。
『ノウイットオール あなただけが知っている』
森 バジル
文藝春秋
〈「STORY BOX」2023年9月号掲載〉