採れたて本!【デビュー#07】
語り手の〝私〟は、カメルーンのジャングルで生まれたニシローランドゴリラのローズ。生後間もない頃から手話を学び、人間の高校生並みとされる知能を持つ。アメリカにやってきた彼女は動物園で幸せに暮らしていたが、ある日、悲劇が起こる。〝夫〟にあたる雄のゴリラが、幼い人間の男の子を救うため、緊急避難的な処置として射殺されてしまったのである。不幸な事故だが、ローズはどうしても納得できない。人間の命はゴリラの命より重いのか? ローズは動物園を相手取って裁判を起こす……。
これが第64回メフィスト賞を受賞した須藤古都離『ゴリラ裁判の日』。ほぼ全編、ゴリラの一人称で語られる、前代未聞のリーガル・サスペンス。ローズは明らかに人間ではないが、人間の言葉を理解し、人間の文化に親しみ、人間と対等にコミュニケートできる。でもゴリラでしょ? と思う読者も、本書を読み進むうち、〝人間味〟あふれるローズのことが好きにならずにはいられないはずだ。
ローズが特権的な知性を持つのか、それとも、すべてのゴリラが人間のような知能を獲得できる可能性があるのか? これがSFなら、そこを出発点に科学的な議論を掘り下げていくところだが、本書ではそれを括弧に入れて、抜群のストーリーテリングで物語をひっぱっていく。その意味では、人種差別を象徴的に描いた寓話的裁判小説として読むことも可能かもしれない。その一方、小説の前半では、人間の社会とゴリラの社会のはざまで生きるローズの日常がすばらしくリアルに瑞々しく描かれる。かぎりなく人間的なのに人間ではない存在と、人はどう接するべきなのか。
この問題は、まったく人間的ではないにもかかわらず、かぎりなく人間のように会話できるAIとどう接するべきかという問題とも微妙につながってくる(動物園の飼育員をしていた女性がAIを育てるためにスカウトされるテッド・チャン「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」を思い出した)。さまざまなことを考えさせてくれる、なんともユニークなデビュー作だ。
著者の須藤古都離は、1987年、神奈川県生まれ。青山学院大学卒業。会社勤めのかたわら小説を書きはじめ、3年がかりで作家デビューに漕ぎ着けたという。著者インタビューでは、「僕がいちばん興味があるのは人間なので、どんなジャンルのものを書くにしろ、人間の感情や、人間ってなんなのかが軸になると思います」と語っている。今年夏には、早くも新作『無限の月』が発売予定とのこと。
『ゴリラ裁判の日』
須藤古都離
講談社
〈「STORY BOX」2023年5月号掲載〉