採れたて本!【デビュー#06】

採れたて本!【デビュー】

 ミステリー系の新人賞からSFが出たり、SFの新人賞からミステリーが出たりすることは珍しくない(最新のアガサ・クリスティー賞の西式豊『そして、よみがえる世界。』は前者の例、前回ハヤカワSFコンテスト優秀賞の安野貴博『サーキット・スイッチャー』は後者の例)。SFとミステリーは両立するから当然の話だが、第10回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞した小川楽喜『標本作家』は、SF以外の何物でもないというレアケース。著者あとがきによると、この賞以前に、同じ原稿を三つの新人賞に応募し、どれも一次選考さえ通過しなかったそうだが、それも無理はない。一般的なエンタメの範疇には入らず、かといって純文学とも言いがたい。

 なにしろ、物語の現在は、人類がとっくに滅亡した未来(ウエルズ「タイム・マシン」と同じ80万年後)。高等知的生命体〝玲伎種〟は、人類文化を研究するため、ロンドンの跡地に〈終古の人籃〉と呼ばれる館をつくり、標本として集めたさまざまな時代の小説家たち(主に英国出身)に不老処置を施して小説を書かせている。その頂点に立つ〝文人十傑〟のモデル(推定)は、オスカー・ワイルド、オラフ・ステープルドン、ルイス・キャロル、メアリ・シェリー、バーバラ・カートランドから太宰治までいろいろ。アーシュラ・K・ル・グィンの短篇「オメラスから歩み去る人々」のように、実在の作品の内容が詳しく語られる場合もある。

 想定される読者は、翻訳小説(とりわけ英語圏のもの)が好きなSFファンか。SFとしてはあちこちに綻びが目立つが、24世紀や28世紀の〝小説〟を実際に書いてみせる勇気はすばらしい。

 選考委員の神林長平は〈「自分に能力があればこういうものを書きたい」と思わせる内容だった〉と絶賛。早川書房の塩澤快浩は〈あらゆる設定と標本作家たちの個性が有機的に絡み……壮大かつ私的なヴィジョンを紡ぎだすのには本当に感心した〉と述べ、他の選考委員も、小川一水〈結末の美しさは他を圧していた〉、菅浩江〈器用さと大胆さを両方兼ね備えた方だと感じ、推しました〉と高く評価する。ただひとり反対したのが批評家の東浩紀だったというのが面白い。

 反出生主義を織り込んだ自作が人口抑制のためのプロパガンダに使われたことを悔いた児童文学作家が、ほんとうはこの世に生まれたかったのに生まれられなかった子どもたち(幽霊っぽい状態)を集めて一緒に暮らしているとか、魅力的な挿話もいくつか。〝SF以外の何物でもないSF〟の標本を体験してほしい。

標本作家

『標本作家』
小川楽喜
早川書房

〈「STORY BOX」2023年3月号掲載〉

椹野道流の英国つれづれ 第8回
週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.86 紀伊國屋書店福岡本店 宗岡敦子さん