採れたて本!【デビュー#08】
遠田志帆のカバーイラストに描かれているのは、左目だけが翠色をした制服姿の女子高生。すべてを見通す目を持つオッドアイの彼女、小鳥遊唯は、暗黒院探偵事務所につとめる名探偵助手である……と紹介すれば、いかにも(ぶっちゃけ相沢沙呼の《城塚翡翠》シリーズとかの)流行に乗っかった本格ミステリに見えるが、本書は羊の皮を被った狼というか、とにかく見かけによらない何かである。
なにしろ名探偵・暗黒院真実の本名は田中友治(28歳)だし、主な収入源はアフィリエイトサイトの運営。ワイシャツにループタイに黒マント、右目にカラコンを入れ、「事件の聲が聞こえる……」などとつぶやいては小鳥遊にツッコまれる。キーワードは中二病。イタい名探偵のボケに助手がツッコむ漫才のようなノリが全編を支配する。しかも暗黒院の得意技は、ネットを駆使して(事件とはまったく無関係な)関係者の黒歴史を掘り起こすこと。本書の帯で宮内悠介が「そのへんにしてあげて!」と叫び、新川帆立が「だって人の黒歴史、のぞきたいですよね?」と誘うのはそのためで、本書は中二病探偵小説兼黒歴史ミステリである。
それでもまだ足りないとばかりに、女子高生のとき史上最年少で芥川賞ならぬ夏目賞を受賞して一世を風靡した覆面作家・一二三(黒のボディスーツや魔法少女ファッションで登場)だの、全身ホワイトの白歴史探偵こと白日院正午(本名・鈴木寛信)だの、アニメ的に誇張されたキャラが次々に登場してくる。
といっても、ライトノベルの枠にも収まらない。著者はもともと思い切りこじれた数学SFや現代文学の短編を書いている人なので、初長編(紙の書籍としてはこれが初の単著)となる本書でも、本格ミステリの形式とコント的な状況を使いながら、ミステリ論、小説論、さらには虚構と現実をめぐる哲学的な議論にまで踏み込んでいく。格闘ゲームを極めて武道の達人になった女性キャラのアクションシーンが格ゲー用語で描写される場面とか、二重三重のメタファーが絶妙の笑いと渾然一体になり、いわくいいがたい味わい。本格ミステリ的にはキモになるはずのトリックが(一応は存在するものの)スカスカなのも特徴で、その滑りっぷりがまたすばらしい。無数にちりばめられた文学ネタその他の引用(自称・間テクスト性)を探すのも楽しい。
ミステリのようでミステリでない疑似推理小説という意味で自作の一部を〝ミステロイド〟と名づけたのは竹本健治だが、その伝で言えば、本書こそもっとも正しいミステロイドかもしれない。
『その謎を解いてはいけない』
大滝瓶太
実業之日本社
〈「STORY BOX」2023年7月号掲載〉