週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.105 大盛堂書店 山本 亮さん
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『眠れない夜にみる夢は』
深沢 仁
東京創元社
今年の夏もどうやらというか、すでに猛暑らしい。うだるような暑さのなか、ちょっと空いた時間に短編集を拾い読みして、頭の中をリフレッシュするのも良いだろう。深沢仁『眠れない夜にみる夢は』はそんなとき手に取ってほしい本だ。
著者は青春、ファンタジー小説を得意とする作家として知られている。特にエバーグリーンな爽快さが印象的な『この夏のこともどうせ忘れる』(ポプラ文庫)は、これぞ夏の青春小説! という感じでお薦めだけれど、今回紹介する『眠れない夜にみる夢は』は今までとは違う新境地とも言える作品だ。ページを開くとちょっとほろ苦い風味の5つの物語が広がっている。
冒頭の幼馴染の男性2人による「なにも傷つけないように、おやすみ」など、どこにでもあるような日常の風景に工夫をこらし、短編集なのにすべての話が継ぎ目なくスムーズにそれぞれを繋げる。長編小説を読んでいるような充実感も得られて嬉しい。そのなかでも注目したいのは双子の姉弟と、弟の会社の離婚したばかりの先輩男性3人で展開される「家族の事情」だ。
男運が無い姉と、いつも彼女をフォローする几帳面な弟。常に寄り添う2人の姿は共依存にも見えてしまうが、たとえ心許した肉親でも相手の芯へは踏み込めない間柄を丹念に描く。そこへ弟が姉の恋愛相手にふさわしいのではないかと紹介した先輩男性が絡み、遠慮し合いながらもその場の流れで不器用に関わっていく。そんな3人の互いに想い探り合う照れたような優しさに触れていると、なぜかこちらも身も心も全て委ねたくなる。だんだんと著者の自然体な物語の力に引き込まれてしまうのだ。個人的には今年最もお薦めな短編の一つに挙げたい。
さらにラストの「砂が落ちきる」は、一組の男女の恋愛にも似た間柄を綴った話だが、そんな前情報を抜きにして読んでほしい。2人の緩やかだけど隙のない感情の遣り合いに、本書の題名の「夜」と「眠る」というシチュエーションが加わり、理屈抜きにしっくりと心にくる。読みながら思わず本当にこの作家は巧いなあ、というため息が漏れてしまう。
本を読むことで日頃の嫌なことを少しでも忘れられるとしたら、これほどふさわしい本もない。真夏の一夜にページをめくり、ある話を読み終えて安らかな眠りについたら、明くる夜にまた次の話を開いてほしい。でも行き着く先は、昨夜自分の思っていた感情と同じなのだろうか。本のなかヘ誘われてどこに連れていかれるか分からない、遊び心満載の小説でもあるのだ。
あわせて読みたい本
『ノウイットオール あなただけが知っている』
森 バジル
文藝春秋
ティーンズ系小説では名の知られた著者が放つ、有無を言わせない才能を感じられる圧倒的な小説。読んでも読んでも次々と現れる不可思議な描写に、すぐに脳内で処理できない人も多いかも。でも、それでいい。とにかく説明できないカタルシスに恍惚としてしまうのだ。そんな著者のだだ洩れする小説愛を浴びてほしい一冊。
おすすめの小学館文庫
『緑の花と赤い芝生』
伊藤朱里
小学館文庫
誰からにも文句を言われない理想の人間になりたいのに、無理をして世間に合わせようとする2人の女性の行動に考えさせられる。女だから何かを必ず選ばなければいけないのか、割り切らなければならないのか。嫌でも年月が進んでしまう人生のなかで、あやふやでも拠り所がなくてもいったん立ち止まり、考え直す勇気を与えてくれる小説だ。