井上真偽『ぎんなみ商店街の事件簿 Brother編』『ぎんなみ商店街の事件簿 Sister編』
作業見積もりが甘すぎる
どうも作業見積もりが甘いらしい。
本作を執筆したきっかけは、小学館さんから小説誌「STORYBOX」と「きらら」に二誌同時連載の依頼を頂いたことだった。せっかくなので、二誌同時ならではの変わった仕掛けを、という話になった。そこでふと舞い降りて来たのが、「同じ事件と手掛かりなのに、全く別の推理とストーリーが展開する」という、本作独特の構造である。
正直、どんな読み味になるか想像もつかなかった。が、まあ他に類を見ない設定だし、なんか面白そうだし──と、軽い気持ちで書き始めたのが後の祭りである。
実際書いてみると、とんでもなく難しかった。
まず一つ目に、一つの手がかりに二つの謎を仕込むことの大変さ。本来一つにならないものを、無理やり合体させるキメラ的所業とでもいおうか。そもそも手がかりというのは一つの事件に対して複数あるものであって、逆ではない。
二つ目に、読者のモチベーション問題。本作の構造上、片方を読み終わったときには、既に一度事件は解決している。いったん「終わった」事件に対し、どうやってもう一方を読む気にさせるのか。そのストーリーの立て方に頭を悩ませた。
三つ目は、「どちらから読んでも謎解きが成り立つ」という、二誌同時連載ならではの制約。二つのストーリーが一冊の中で交互に出てくる小説は多くあるが、その場合は書き手が情報の出し方をコントロールできるので、ネタバレにそれほど気を遣う必要はない。だが本作の読み方は読者に委ねられるため、片方が片方のネタバレになってしまう事態は避けねばならない。この情報開示のバランスが実に綱渡りだった。
顧みるに、これらの元凶は総じて当初の「作業見積もり」の甘さが招いたことだろう。思えばデビュー作から、自分にはその傾向はあった。一作目は「数理論理学」を実際の推理小説に応用するという無謀な挑戦をしたし、二作目では「あらゆる可能性を否定する」探偵を登場させて、途方もない推理の無間地獄を味わった。
しかし、さすがに自分もそろそろ学んだ。もう無暗にハードルの高い設定に手を出すのはやめよう。そもそも読者が読みたいのは魅力的なキャラクターや意表を突くどんでん返しなどであって、設定の難しさは関係ない。
そう、心に誓ったはずが──なぜか今、某社でプログラミングのアルゴリズムを使った児童向け謎解き小説を執筆中である。児童向け。大人でも難しいのに。そして案の定、頭が沸騰しそうである。
井上真偽(いのうえ・まぎ)
神奈川県出身、東京大学卒業。『恋と禁忌の述語論理(プレディケット)』で第51回メフィスト賞を受賞しデビュー。『探偵が早すぎる』は2度連続ドラマ化され話題になる。近著に『ベーシックインカムの祈り』『ムシカ 鎮虫譜』『アリアドネの声』などがある。
【好評発売中】
『ぎんなみ商店街の事件簿
Brother 編』
著/井上真偽
【好評発売中】
『ぎんなみ商店街の事件簿
Sister 編』
著/井上真偽