週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.97 大盛堂書店 山本 亮さん
『大胆推理! ケンミン食のすべて』
阿古真理
亜紀書房
作家・生活史研究家の阿古真理は、旅行中に美味しい名物料理を食べながら、なぜこの料理はその土地で生まれたのか、またどうして同じ食材なのに各地で扱いが違うのか、ふと疑問に思うという。これまで食関連の本を多く刊行してきた阿古の最新刊は、全国のご当地食材や料理を魅力あふれた視点で描いたエッセイだ。
登場する地域は北海道から沖縄まで全国にわたる。現在ではSNSなどで気軽に検索できても、それでも知らなかった料理(筆者は北海道の牛乳豆腐を本書で初めて知った)や食材、醤油などの調味料の味の違いを、これまでの体験や郷土の歴史を調べ、あるいはテレビ番組からヒントを得てあれこれ推理する。正解かどうかは別としても過程を読んでいると、小説みたいにドラマチックでこちらも楽しくなってしまう。そう、食べることは胃袋だけではなく頭のなかでも満足できるのだ。
また北から南へ順番に流れるそれぞれの章も興味深い。なかでも特に神戸、広島のパンに関するふたつの章が読ませる。 幼少期から学生時代に慣れ親しんだ歯ごたえのある神戸のハード系パンへのこよなき愛着。 一方で神戸とは違い外国文化にあまり影響を受けなかった広島に、なぜパン屋が多いのか。広島の歴史や名の知られている店舗も交えながら真摯に記す姿勢に背筋が伸びる。また文中、著者自身の東日本大震災やコロナ禍で色々行動が制限されるなか、気持ちが落ち込んだり歯噛みする様子も見逃せない。その考えを通じて食べることが美味しい楽しいだけではなく、身体や心にも大きく影響を与えるのに改めて気づかされる。ぜひ本書における旅と食の組み合わせの絶妙さを通じて、この二つが人生において掛け替えのないものということを体感して欲しい。
さらに読み終えた方には遠藤哲夫『大衆めし 激動の戦後史──「いいモノ」食ってりゃ幸せか?』(ちくま新書)もお薦めしたい。記されている家庭料理や外食の成り立ちや移り変わりを本書と比べてみると、食に対しての理解がより深まると思う。
あわせて読みたい本
『そして市場は続く 那覇の小さな街をたずねて』
橋本倫史
本の雑誌社
那覇の名物市場・第一牧志公設市場で食物や衣服などで日々商売をする人たちの息遣いが胸に迫る。市場の建て替えに翻弄されコロナ禍でもがきながらも、店同士やお客など互いに尊重し沖縄という土地に住み続ける意味を考えさせられる。それも著者の冷静な描写と、温かく見守りながら時には熱く寄り添う力によるところが大きいのだろう。人が繋がり続ける大切さを実感できる本だ。
おすすめの小学館文庫
『世界に一軒だけのパン屋』
野地秩嘉
小学館文庫
北海道十勝で名の知られたパン屋・満寿屋。大部分輸入に頼っているパンに適した小麦を、国内産しかも地元産にこだわる経営者三代の試みと挑戦を色々な視点から描く。新たな品種の作付けに応えてくれた農家やパンを焼く従業員との試行錯誤が印象的だ。また店頭で販売する様子から、普段使いで親しまれるパン、ブランドとしてのパンということを考えさせられる。作り手と買い手が安全と安心を追い求める夢と志を、照れずに語る当事者たちの発言に勇気をもらえた。