こざわたまこ『教室のゴルディロックスゾーン』スピンオフ小説「化け猫、かく語りき」
こざわたまこさんの新刊『教室のゴルディロックスゾーン』発売を記念して、小説丸だけで読めるスピンオフ小説を掲載!
なんと全部で6つの物語が楽しめます! お話はそれぞれで完結しているので、『教室のゴルディロックスゾーン』を未読の方でも安心してご覧いただけますが、本編読後の方がより楽しめるかと思います。
最後となる6つめは、ある化け猫のお話です。
化け猫、かく語りき(ある日のキジトラ)
「ほら、ここだよここ。ここ見て。うーん。そうじゃなくて、もっと尻尾をさあ。おっ、そうそう、いい感じ。頼むからそのままで……、あっ、動くなっての」
悲痛な叫びをよそに、くあ、と大きなあくびを一発。そのタイミングを見計らっていたかのように、寿郎が握った謎の板(人間たちはそれをスマホと呼んで、崇め奉っている)がカシャ、と音を立てた。
「あーっ、ああ……。ダメだ、ブレブレじゃないか」
さっきから画角がどうの、光の加減がどうのと騒いでいたようだが、すべて徒労に終わったらしい。あっちから撮ったりこっちから撮ったり、かと思えば椅子に登ってみたり、はたまたしゃがんでみたり。たかが写真で、ああしろこうしろ、うるさい奴だ。
「こっそり撮ろうとしても動くし、声をかけたらかけたで逃げてくし。一体どうすりゃいいんだ……」
ぶつくさ言いながら、寿郎が暖簾の向こうに消えていく。ちょうど開いた戸の隙間から、見慣れた悪筆で、「喫煙お断り」と書かれた貼り紙が見えた。番台の柱にかけられた時計は、ちょうど午後二時五十分を指そうとしている。そろそろ開業の時間だ。
***
「湯屋さがみ」は住宅街の片隅にひっそりと佇む、築六十年の歴史ある大衆浴場である。……というのは、この銭湯が過去に一度だけ地元のローカル番組に紹介された時のフレーズだが、「歴史ある」は視聴者に向けて、かなりオブラートに包んだ言い回しだったと言えよう。建物の外観をもう少しストレートに表現するなら、年季の入った、あるいは趣のある。早い話が、リフォームもままならない古ぼけたオンボロ銭湯だ。ただし、近所の人間達には根強い人気を誇っているらしく、日が暮れてくる頃には貧乏学生や独居老人、仕事終わりの女性にジム帰りのサラリーマンなど、フロントはそれなりの賑わいを見せる。近くに学校がいくつかあり、学生寮や古いアパートが多い土地柄もあるのだろう。
ちなみにここの番頭は、先ほども登場した相模寿郎という男。つい最近この銭湯を継いだ「湯屋さがみ」の三代目だが、熊を彷彿とさせる強面や、肩幅広めのがっちりした体格に反して、存外頼りない男である。あきらかに客商売には向いていない。そしてわたしは……いや、ここは往年の有名小説になぞらえて、こんな風に言ってみようか。
吾輩は猫である。猫というか、化け猫である。ちなみに名前は、もうすでにある。というか、ありすぎるほど持っている。人間たちが、わたしを見つけるたびに自分を好きなように呼ぶからだ。タマだの福だのポチだのミイだのキジトラだの、その場で適当につけられた名前は数知れない。人間たちは、常に誰かを名付けたがっている不思議な生き物だ。
『教室のゴルディロックスゾーン』
こざわたまこ
こざわたまこ
1986年福島県生まれ。専修大学文学部卒。2012年「僕の災い」で「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞。同作を収録した『負け逃げ』でデビュー。その他の著書に『仕事は2番』『君には、言えない』(文庫化にあたり『君に言えなかったこと』から改題)がある。