週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.89 大盛堂書店 山本 亮さん
『ごっこ』
紗倉まな
講談社
様々なジャンルで活躍している紗倉まなだが、その中でも注目される活動の一つに著述業が挙げられるだろう。これまで刊行された三冊の小説はいずれも繊細な感情を丹念に掬い取る興味深いものだったが、 三つの短編を収録した最新刊『ごっこ』は、恋愛の快楽や充足感だけではない、その行為に生まれる様々な出来事を読者ヘさらに問いかける小説だ。
行きずりのカップルによる疾走感が眩しい「ごっこ」、パートナーや浮気相手との間に繰り広げられる人間模様が読み応えがある「見知らぬ人」、シスターフッドと淡い恋心を描く「はこのなか」。このなかで個人的に推したいのは「見知らぬ人」だ。
ダブル不倫の物語だが、単なる男女四人の相関図には見えない工夫が色々と凝らされている。まずはアラサーの主人公の女性を通して身体や心を大胆になぞりながら観察する描写が鋭い。主人公自身の身体ヘの接しかたや他の登場人物との会話がきっかけとなり、物語の狭間に恋と情の鮮やかで粘ついた未練と諦めが滴り落ちる光景に引き込まれる。また、性愛の欲求と相手や世間、醒めた心を持て余しながら、そこから逃れ切れなく戸惑う様子を冷静に描き出している。その上で主人公とパートナーの浮気相手の女性二人による言葉の応酬が空回りしながらもスイングする様子が、同性としての共感というより理屈では解けない恋愛の起伏に翻弄される同士として際立つのだ。それらの描写によって、少し奇妙だけど絶妙な四人の関係性が鮮やかに浮かび上がるのは、デビュー作から努力し続ける著者の力量によるところが大きい思う。
ゴールがない恋愛を経た彼女たちは、どこへたどり着けるのだろうか。その様子を受け入れる受け入れないにかかわらず、この物語はままならない生の絶望と希望の間へ自由自在に入り込み、読者をざわめかせ心の内をノックする。不器用かもしれない登場人物たちの姿を借りて、それでも人生を送っていくということを思う存分投影した、著者ならではの恋愛小説だと強く感じられた。
あわせて読みたい本
『休館日の彼女たち』
八木詠美
筑摩書房
ある美術館のミロのヴィーナス像と、彼女の相手をするというアルバイトとして勤める女性が織りなす不思議な対話を読んでいくうちに、二人が出会った運命にこちらも激しく揺さぶられていることに気づく。そして遠慮し合いながらそれぞれの核心を突く言葉と行動が共鳴する見事さ。ままならない人たちによる切実で誰にも侵されない生き方を追求した意欲作であり、前作のデビュー作『空芯手帳』から連なる素晴らしい物語だった。
おすすめの小学館文庫
『上流階級 富久丸百貨店外商部 Ⅳ』
高殿 円
小学館文庫
ドラマ化もされた人気シリーズ。本作は四十代を迎える主人公・静緒が仕事を続けることや、以前とは違う身体の不調や変化の向き合い方がきっちり描かれていて、身につまされる読者も多いのではないか。そして、組織に所属する部下を育てる悩みを通して、不安定な現代で働くということについてより考えさせられる。それでも商品を「買う」という喜びと、そこから一歩でも先に進みたいという行動力が生まれて、今回も登場人物たちから元気を貰えて嬉しくなった。