週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.122 宮脇書店青森店 大竹真奈美さん
『ハジケテマザレ』
金原ひとみ
講談社
大好きすぎるこの本を紹介したい!と思い、まず「ドラゴンボール」を観始める。書評を書くためドラゴンボール。思いもよらぬ人生初の試みだが、〆切間近の原稿を神龍に頼もうと目論んでいるわけではない。
「はじけてまざれ!」
「はじけてまざれっ……‼︎」
声色を変えて一人、何度か叫んでみる。
一体私は何をやっているんだろう……。
いや、これを読んでくださっているあなたこそ、一体何を読まされているんだろうと思っているに違いない。それもこれもこの本を読めばわかるので是非読んでいただきたい。ドラゴンボール通には読まずともわかるかもしれないが、そんな方ももれなく読んで共にはじけてまざってほしい。
時は、緊急事態宣言下。コロナで派遣切りにあった主人公、真野が流れ着いたイタリアンレストラン「フェスティヴィタ」。そのバイト先には、なんとも愉快な濃ゆいメンツが揃っている。
カレー修行に出ると言い残し行方不明の店長。怖いもんなしのベテラン店員、マナツさんとルイコさんのコンビ。かわいいの力が過ぎるメイちゃんと、超コミュニカティブピーポーなヤクモ。ゆとりとさとりのかけ合わせみたいな岡本くん。そしてウルトラノーマルな私、真野。
閉店後の控え室でバイト仲間と朝まで飲み明かす。テンポ良く弾む会話、ノリの良いワチャワチャ感がとにかく楽しくて、今すぐにでも「ここで働かせてください!」と名乗りをあげたくなる。
止まることのない勢いでくり広げられる YouTuber 襲撃、パーリーピーポーな夜、激辛フェスでのプロポーズ大作戦。どんなドタバタもチャラでヘッチャラな最強バイト小説だ。
バイト先というのはちょっと特殊な場所で、多種多様な人たちが混ざり合っている。意図せずバラバラに集まった様々な人たちと、ひとつの空間で関わることによって、色々な自分にも出会う。
「フェスティヴィタ」の仲間たちから生まれるハーモニーは三位一体となり、独特のスパイスがたまらなくクセになる、まさにカレーのようだ。
陰キャで普通オブ普通な主人公は、平凡すぎる自分に劣等感を持ちつつ、陽キャな仲間たちの中でもみくちゃになりながら、自らを見つめ直す。自分は自分のまま、変化していく。
金原さんの作品はいつだって、流れる時間に血が通い、時代がリアルに循環している。
「人と違ってもいいじゃない」と多様性に理解を示す傾向にある今、「超絶普通でもいいじゃない」と肯定してくれる本作。
はじけてまざるエネルギーを光のように放ち、どんなハチャメチャが押し寄せてこようとも、みなぎるパワーをくれるのだ。
あわせて読みたい本
『嫌いなら呼ぶなよ』
綿矢りさ
河出書房新社
整形依存×マスク生活、SNS炎上×外出自粛、不倫ミニ裁判×コロナ離婚、老害×リモートワーク。現代社会とコロナ禍に蔓延る、明るみに晒された闇。いつのまにか増殖した責任。バラエティに富んだストレス。重くのしかかったそれらを軽快に、時には痛快に笑い飛ばしてくれる。この笑えない世の中に、思い出すだけでついつい笑っちゃうような元気をくれる、ポップな毒々しさがたまらない全4作品最強短編集。
おすすめの小学館文庫
『その手をにぎりたい』
柚木麻子
小学館文庫
はじけると言っても、こちらはバブル。座るだけで3万円と言われている銀座の高級鮨店。手から手へと渡される鮨とその職人に魅せられた、バブル期前後のOLの物語。店員と客。カウンターで仕切られた二人の関係性は、潮の満ち引きのようにもどかしく時間と空間を重ねていく。たまらなく美味しそうな鮨の描写に食欲が波打つも、飯テロ小説に止まることなく、山葵のようにツンと突き抜ける人生の辛味旨味がグッとくる一冊。
大竹真奈美(おおたけ・まなみ)
書店員の傍ら、小学校で読み聞かせ、図書ボランティア活動をしています。余生と積読の比率が気がかり。