女の友情に美味しい食べ物。女子の大好物が詰まった、柚木麻子おすすめ小説4選
2015年『ナイルパーチの女子会』で第28回山本周五郎賞を受賞した柚木麻子は、女同士の友情と連帯を、ポップな文体で描き、支持を集める作家です。新刊『らんたん』では、昭和の女性教育者・河井道(かわいみち)と、その友人・渡辺ゆりをモデルにした長編として話題を呼んでいます。また、食べ物の描写が美味しそうなことも人気の理由。そんな柚木麻子のおすすめ作品4選を紹介します。
『らんたん』――女同士が手を取り合えば、戦争も止められる? シスターフッドよ永遠なれ!
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時代は大正最後の年。
“「私、河井道先生とシスターフッドの関係にあります。女子英学塾時代の恩師でもあり、親友でもある女性です。結婚しても、これまでどおり、彼女との仲を維持していけるのであれば、お申し込みを承諾します。彼女と一緒に理想の学校を作り、生涯をともにすることが私の夢なんです。もちろんその学校で教師をするつもりで、仕事を辞めるつもりはございません」
「シスターフッドっていうのは……?」
「イエス・キリストのもとに集う姉妹、つまりは血縁関係を持たない女性同士の絆を指します。私たち、年齢は一回りは離れておりますが、シェアしてきたんです。いいことも悪いことも。私と家族になるのであれば、道先生も家族ということになります」”
女子英学塾は、津田梅子が開いた津田塾大学の前身です。道とゆりは、師弟として出会い、その後、共に米国留学経験のあることから意気投合して、自分たちの手で新しい女子校(のちの
“どんなに今が楽しくても、女同士の関係は永遠じゃないわ。結婚や恋愛で終わってしまうのよ。いつかお別れしなければいけなくなる”
それでも2人の友情は変わらず、乕児は、彼女たちの関係を受け入れて結婚します。妻の仕事や交友関係に理解がある夫というのは、現代的な印象を受けます。
昭和4年に開校した恵泉女学園。しかし、昭和16年、太平洋戦争が始まると、キリスト教を掲げ、敵性語の英語を教える恵泉の経営は厳しくなります。それでも、元来、前向きな性格の道は、戦時中も工夫して、生徒に手作りの菓子を与えます。中にはそれに罪悪感を持つ生徒もいました。他の人たちが苦しんでいる時は、自分も苦しむべきだと訴える生徒に、道は言います。
“「どんな人間でも、幸せに満ち足りて暮らすべきです。そうでなければ、苦しんでいる人たちにシェアができないでしょう。明るく生きるということを低く見るべきではありません」”
“「日本では女性が楽しむことを軽くみられる傾向にあります。いわば、女性が耐え忍ぶこと、辛そうにすること、苦しむこと……。暗いことが美徳とされているのが、この日本という国なんです」”
敵国である米国にも友人があり、外国人留学生も受け入れていた道は、「世界中の女性同士が手を取り合えば、戦争も止められる」という理想を持っていました。道は、どんなことがあっても学園を閉めない覚悟です。それは、道の恩人・新渡戸稲造が、道に掛けた言葉があるからでした。新渡戸は、日米の精神の差異を、日本の提灯と、米国の街灯にたとえます。何事も自己責任で解決しなければならないと思い込んでいる日本人は、自分の足元だけ照らされる提灯でよいと思うが、米国人はそうではない、と。
“提灯のように個人が光を独占するのではなく、大きな街灯をともして社会全体を照らすこと。僕は道さんにそんな教育者になってもらいたいと思って、どうしても欧米の夜景を見て欲しかったのです。日本ではまだ教育や情報は一部の知識層が独占している。でも、それではダメだ。お互い持っているものを分け合わないといけない。このシェアの精神が行き渡らない限り、夜はずっと暗いままです”
戦局がしだいに悪化し、平和主義を掲げる恵泉は危険思想だとして、警察に連行される道。一方、ゆり一家は、空襲が激化する東京を離れて疎開することが決まります。激動の渦中に、道とゆりは、教育と友情の「らんたん」の灯をともし続けることができるでしょうか?
『その手をにぎりたい』――手から手へ渡される銀座の高級鮨を食べるため、東京で働き続ける。バブル時代のOL物語
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舞台は80年代バブル期。東京でのOL生活に終わりを告げ、田舎へ帰ろうとしていた
“「ヅケの握りでございます」
職人が手のひらに握りを載せ、こちらにすっと差し出した。
「ほら、職人さんの手のひらから直に受け取ってごらん」
「うちの舎利はふんわりと握っております。そのため、硬い場所に置くとわずか数秒でネタの重みで舎利が沈んでしまうんです。こうして手から手に受け取れば、自然とすっと口へ運ばれますでしょう」
彼の手にちょこんと載った寿司は、光の加減のせいかルビーのような輝きを放っている。青子は神々しいものに触れる気持ちでそっと手を伸ばした。職人の濡れた手のひらに、こちらの指の腹がかすかに触れる。思わずぞくっと身震いしてしまうほど冷たい。(中略)それにしても、人の手から直に食べ物を貰うなんて、何年ぶりだろう”
職人から客に手渡しされる鮨の美味さに感激した青子。座るだけで3万円はくだらない鮨屋に通い続けるためにはどうすればいいか――。青子は田舎へ帰るのを止め、時流に乗っていた不動産会社に転職します。当時、若い女性に鮨をご馳走してくれる男性はいくらでもいましたが、青子は、自分が働いたお金で食べたいと考えます。鮨に恋するように店に通い、やがて鮨職人・一ノ瀬を意識し始めます。ところが、青子が数年かけて通い、ようやく常連になったころ、一ノ瀬が店の従業員の女の子と婚約したことを知らされます。その時、青子の、鮨への情熱の行方とは?
『ランチのアッコちゃん』、『BUTTER』など、食べ物の美味しそうな描写で知られる著者。実在の鮨屋をモデルにした本作でも、鮨の美味しさを存分に堪能できそうです。
『嘆きの美女』――あなたに友達がいないのは、あなたの容姿が原因ですか? 容姿による分断をぶっ飛ばせ!
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ヒロインの池田
“自分を綺麗だと思っている女の発想は、信じられないほど浅い”
“大切にされて当たり前、というあの態度。いつだってヒロイン気取りで、自分を善だと信じて疑わない”
“トラブルを引き寄せるのは美しいからというより、頭が悪いからなんじゃないの?”
ある日、ひょんなことから「嘆きの美女」のオフ会に居合わせた耶居子は、美女たちがストーカー男に狙われているところを不本意にも助け、自分が事故に遭って大怪我をします。耶居子がブログ荒らしの張本人だということを知らない美女たちは、耶居子を命の恩人として感謝し、美女たちがルームシェアするお屋敷で、怪我が治るまで養生してほしいと申し出ます。耶居子のことを、「確固たる自分を持っている」と誉めそやす美女たち。しかし、耶居子は複雑でした。
“変人のブス、と言い切ってくれた方がはるかにやりやすい。歯の浮くような褒め言葉を聞く度に、気恥ずかしさで死にたくなる。何よりぞっとするのが、彼女たちにお世辞を口にしているつもりがなく、本気でそう思っている点なのだ。ああ、やっぱり美人は苦手だ。受け入れられるのが当たり前の人生だから、素直に他人を認められる。うがった見方をするこちらが悪者みたいではないか”
美人は性格が悪い、とも言われますが、「嘆きの美女」たちは皆、性格がよく、そのことで耶居子は一層ひねくれてしまいます。
また、美人だから同性に嫌われると嘆く美女に対しては、次のように分析します。
“同性の友達がいない――。「嘆きの美女」にはこの手のお悩みがよく書き込まれていたものだ。美貌が嫉妬を呼ぶせいではおそらくないだろう。女はそれくらいのことで女を嫌わない。物欲しげな割には明確な意志や目標がなく、オチのない話を垂れ流すから敬遠されているだけだ”
しばらくして、耶居子がネット荒らしの犯人であることが判明します。その時、美女たちが、耶居子に向かって放つ、美女側の言い分は本書で確かめていただくとして、耶居子は、そこで初めて、容姿を原因にして他人に心を開かないのは、自分も同じだと気づかされます。
女性にとっての関心事かつタブーでもある、美醜の問題に正面から向き合った問題作です。
『あまからカルテット』――立場の異なった元同級生とずっと仲良くできますか? 女の友情は本当に薄いのかを問う、女子会小説
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女子校の同級生で仲良しの4人――ピアノ講師・咲子、専業主婦・由香子、化粧品の美容部員・
ところが、咲子は、彼女たちにも言えない秘密を抱えていました。
“この数カ月で、ピアノ教室の生徒が激減した。不況で家計が逼迫する今、真っ先に削られるのはお稽古事なのだった。ついに副業を始める決意をしたものの、都内で働くのは生徒の父兄の目が気になる。考え抜いた末、今月から人材派遣会社に登録した。「出張レッスン」と周囲に偽り、千葉や埼玉など、できるだけ遠くの大型スーパーに出かけて行く。レトルトのカレーやウィンナーなどの試食を、三角巾にエプロン姿でせっせと買い物客らにお勧めするのだ。もともと大声を出したり、自分をアピールすることが苦手な咲子にはとにかく疲れる仕事だった”
試食販売で余った食品は、自ら手出しで買い取っている咲子。優雅なピアノの先生の時とは落差をもって描かれます。咲子は、大晦日に、秩父のスーパーまで試食販売の仕事に行った帰り、大雪で電車がストップし、足止めを食らいます。そこで運悪く出くわしたのは、演奏会のため秩父に来ていた音楽家の元彼・
“咲子がスーパーでパートだなんて、僕は嫌だな。君の彼氏はそんなことをさせてよく平気だね。君が生活のために好きでもない仕事をするなんて、僕は耐えられない”
裕福なお坊ちゃんの詠一郎は、横柄で人の気持ちが分からない面があり、咲子は、満里子たちの助言によって別れたのです。
“「彼女たちに僕、随分嫌われてたよなあ。僕と君を別れさせようと、そりゃあ頑張っていたよね。君が僕から離れたのって、自分の意志というより彼女らの抗議デモに負けたからだろう?」
違う、と言いかけ、咲子は詰まった。確かに仲間の反対がなければ、詠一郎とあのまま付き合っていた可能性は否定できない。
「どうして君達仲がいいの? だってさ、全然違うじゃない。君と彼女たちって。共通点なんてないだろう。あの子達ってガツガツしているじゃないか。いかにも庶民っていうか、野太くてたくましい人種だよ。いわば雑草だな。でも、咲子は違う。辛い仕事や金稼ぎは似合わない」”
詠一郎と結婚すれば、お金の心配をせず、好きなピアノを続けられる生活が待っています。その一方で、自分の夫は、同性の友達に認めてもらえる人であってほしいとの願いもあるのです。咲子のどのような決断をするでしょうか?
おわりに
恋愛、友情、美食など、若い女性の関心事が凝縮した柚木麻子作品。まるで気の置けない女友達とガールズトークをしているかのように、共感したり、身につまされたりする内容も多いことでしょう。女性による女性のための、これらの小説を、ぜひ読んでみてはいかがでしょうか。
初出:P+D MAGAZINE(2021/12/20)