【著者インタビュー】綿矢りさ『嫌いなら呼ぶなよ』/「明るい闇」を内面に抱える人々を描いた短編集

昨年、作家デビュー20周年を迎えた著者がコロナ禍を舞台に"モラル"の危うさを描いた痛快な最新短編集についてインタビュー!

【SEVEN’S LIBRARY SPECIAL】

「『正義は自分の側にあり』と一人を責めたてる行為はどこかグロテスク」

『嫌いなら呼ぶなよ』

河出書房新社 1540円

美容整形に精を出す山﨑さんと、「ルッキズムに支配されすぎなんじゃない?」などと陰に陽に揶揄してくる同僚たちを描く「眼帯のミニーマウス」。居酒屋の店員でYouTuberの神田のファン・ぽやんちゃんが暴走していく「神田タ」。妻の女友達の新築祝いを兼ねたホームパーティーに招かれた霜月と、この機に霜月の不倫をただそうとする妻の女友達の攻防を描いた「嫌いなら呼ぶなよ」。そして綿矢さんが実名で登場し、ライター、編集者とインタビュー原稿で揉めまくる「老は害で若も輩」の4編を収録。人間の嫌な部分、怖い部分をえぐりながら、噴き出すシーンもたっぷりの傑作短編集。

綿矢りさ

(わたや・りさ)1984年京都府生まれ。2001年『インストール』で文藝賞を受賞しデビュー。早稲田大学在学中の’04年、『蹴りたい背中』で史上最年少となる19歳で芥川賞を受賞。’12年『かわいそうだね?』で大江健三郎賞、’20年『生のみ生のままで』で島清恋愛文学賞を受賞。ほかの小説に『夢を与える』『勝手にふるえてろ』『ひらいて』『憤死』『私をくいとめて』『意識のリボン』『オーラの発表会』など、エッセイに『あのころなにしてた?』がある。

笑いのあるものは、観るのも読むのも好き

 まだ30代ながら、昨年、作家生活20周年を迎えた綿矢りささん。新刊の『嫌いなら呼ぶなよ』は、「明るい闇」を内面に抱える人々を描き、これまでとはかなり肌合いの違った短編集だ。
 初めに書いたのが、本のタイトルにも取られている「嫌いなら呼ぶなよ」。妻の友人の新居お披露目に夫婦で呼ばれるが、妻たちの真意は別にあり、ホームパーティーは修羅場に変わる。
 責められる側にはそれだけの理由があるのに、責める側の攻撃が激しく執拗になればなるほど、どんどん彼女たちにも共感できなくなっていく。
「正義は自分たちの側にあると、よってたかって一人を責めたてる。そういう行為自体、綺麗かといったらグロテスクなところがあるし、第三者の目から見たらどっちもどっちに見えてくる。そんな不思議さを書きながら感じていました」
 絶妙なタイトルも含め、笑いに対する綿矢さんのシャープな感覚が全編に冴えわたる。
「笑いのあるものは、観るのも読むのも好きですね。ただ、自分が書くとなると、面白いものを書こうとすると思い浮かばないです。シビアな場面を書いているときに、ふっと、『あれ? もしかしてこれ、笑えるかも』みたいな感じになって、そういうのが書けたら、なるべく削らずに残します」
 内向的な人物を書くことがこれまで多かったが、この本に出てくるのは、罪悪感や倫理観がかなりズレた、あまり悩まない、自分の欲望に忠実なタイプの人間だ。
「神田タ」の主人公もそう。彼女が好きになるYouTuberの名前が「神田」で、神田は、芥川龍之介の短編「蜘蛛の糸」の罪人「カンダタ」を引き合いに出し、アンチコメントを書きこむ人間に対して、カンダタのように「お前らは来るな」と言ったりしない、と言って、主人公の行動を一層エスカレートさせる。
「YouTuberと自分との距離感がわからなくなってる人って実際にいるんですよね。テレビに出ているタレントと違って近く感じられるせいなのか、動画のコメント欄を発信者が絶対に読んでいて、何か思っているに違いないと信じ込む人が一定数います」
「眼帯のミニーマウス」には整形をくりかえす女性が出てくる。ヒアルロン酸を打ったことや過去の整形を隠さなかったために、同僚の執拗なからかいの対象になる。同僚の言葉の容赦ない残酷さや、周囲が思うほど単純ではない彼女の内面、やられる一方ではないしぶとさも描かれる。
「集団の悪ノリというのかな。本人が平気そうに話すから、もっと聞いてもいい、噂の的にしてもいい、ってどんどんひどいことになっていくことがある。会社とか学校とか、人がたくさんいると時々そういう感じになることがあって、そのことが嫌というより、なんでそうなるんやろ?と不思議なんです」

仕事って、すごく我慢してる人がいるからこそ成り立つ

 4編中、唯一の書き下ろしが、「ロウガイジヤクヤカラ」。作家綿矢りさと綿矢をインタビューしたライターが、インタビュー原稿の修正をめぐってぶつかり、担当編集者も巻き込んでメールのやりとりが過激化していく。
「この仕事を始めて20年たった記念、ではないですけど(笑い)、いろんな人とやりとりするなかで経験も蓄積されて。3人とも、自分がつくったものを他人に直されるのが嫌なんですよね。仕事に真剣で、あきらめないから、こうなっていくんですけど、仕事って、すごく我慢してる人がいるからこそ成り立ってる。その仕事にかかわる人全員が好き放題したら大変なことになるな、と思って書いた小説です」
 強引に自分の意見を通そうとする作家の名前をあえて自分と同じにし、プロフィール(「現時点では芥川賞最年少作家といえばこの私」)もそのまま使っている。「綿矢りさ」のパブリックイメージを粉砕することもためらわない、すがすがしくも圧巻の書きっぷりだ。
「小説家を書くなら自分のことは自分が一番わかっているから設定がつくりやすいことと、架空の名前にして他にモデルがいるんじゃないかと思われたらややこしいな、という理由でこうしたんですけど、後半になると、さすがに書いてて悲しくなってきました(笑い)。本のカバーに私の写真を大きく使いたいと言われたんですけど、『やめてください』と断りました」
 4編とも、コロナ禍のただ中で書かれた。
「善悪やモラルって本当に人それぞれだな、っていうのを、コロナはあぶり出しましたよね。どこでも必ずマスクをつける人もいれば、あまり気にしない人、ノーマスクの人もいます。感染対策がゆるい人は『なんで心配にならへんのやろ』と不思議でしたし、そういう人をすごい責める人のことも『犯罪でもないのに』と同じぐらい不思議でした。
 書いている最中は、コロナ禍もそろそろ終わるかな、と思ったけど、本を出した今も続いているし、いつまで続くか考えると憂鬱になります。今回の本は、コロナ禍のストレスを発散したくて書いた話でもありますね。いったん笑いにしたい気持ちがあったのかもしれません」
 作家としての自分は「あまり器用な方ではない」と綿矢さん。
「テーマに沿って文体や小説の長さを変えたいとは思いますが、意識的に変えようと思ってできるタイプではないので、自然に任せます。この場面を描写したいという欲、かけらみたいなのがだんだん集まって話ができてくる感じですね。
 17歳でデビューして、小説を書いてなかったときのことをもう覚えていないです‥‥。この20年は、すごく短く感じます。成長と退化をくりかえす日々が続いて、10代で書けていた描写が、そのこと自体に興味がなくなったり、観察眼が失われてたり。増えていくものもあれば失うものもあり、トントンで、ゆっくり進んでいってますね」

SEVEN’S Question SP

Q1 最近読んで面白かった本は?
『恐い間取り 事故物件怪談』。3巻も読むのが楽しみです。人が死んだから、霊がいるから怖い、というふうに進むんですけど、場所自体が結構影響してるんじゃないかという物件もいくつかあって。殺人事件があったから怖い間取りなのか、元から何かある場所だから霊現象が起きるのか、あれこれ考えさせられます。

Q2 新刊が出たら必ず読む作家は?
 佐藤愛子さんだったんですけど、断筆宣言されたので‥‥。

Q3 座右の一冊は?
 フローベール『ボヴァリー夫人』ですね。ホラーより怖い話やと思う。ここまでシビアな目線で人の一生を追う書き方に憧れます。今回、不倫の話を書いたときも、つい頭に浮かびましたね。

Q4 最近見て面白かったドラマや映画は?
中国映画の『少年の君』。映画館ではなく、配信で観ました。

Q5 最近気になるニュースは?
 安倍さんの事件ですね。衝撃が強すぎて、起きてから日が浅いのに、どんどん深掘りされていくそのスピードがすごくて、まだそれほど時間がたっていないのにな、と思う。

Q6 趣味は何ですか?
 古いものを集めるのが好きです。中国の古い水筒とか、カゴとか、価値のある骨董品は一つもないけど。宇野千代さんが好きで、宇野さんの写真を拡大してみたら眼鏡に「CD」とあったから、多分「クリスチャン・ディオール」だと思って中古を探して買いました。そういうのがすごい好き。

Q7 運動はしていますか?
 始めたばかりですけど、山登り。東京近郊の、初心者が行ける山を調べたりしています。

●取材・構成/佐久間文子
●Photo/坂本陽

(女性セブン 2022年9.1号より)

初出:P+D MAGAZINE(2022/08/27)

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