辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第36回「総合病院、診察券再発行の謎」

辻堂ホームズ子育て事件簿
人生すなわちミステリ。
子育てエッセイといえど
すべてが伏線…!?


 2024年2月×日

 伏線を張りがちな仕事をしている。

 もはや職業病なので、どうでもいいところにも種を仕込んでしまう。

 当初は伏線でなかったはずのものまで、回収したくなる。

 前回のエッセイで、過去に妊娠した際のつわりについて書いた。その際に、こんな表現を挿入した。

 
『限界がきて、ソファに倒れ伏す。そこへ子どもがダイブ! とっさにお腹を守るも、「ママの上に乗らないで」というお願いは1、2歳児には聞き入れてもらえない』

第35回「つわりなんてないさ、つわりなんて嘘さ」より

   

 このエッセイ連載を最初から読んでいれば、もしくは今から読み返せば、違和感を覚えるはずの箇所がある(──ミステリの解決編風に)。

 そう、『1、2歳児』という曖昧な表現だ。妊娠中に上の子が襲いかかってくるということは、第2子の妊娠中を指しているはず。しかしこのエッセイ連載の愛読者ならお分かりのとおり(いるのか?)、息子が生まれたのは、娘が1歳9か月のときだ(第10回「1歳9か月児の試練」参照)。第2子のつわりに苦しんでいるとき、第1子の娘はまだ1歳半にもなっていなかった。

 ならばどうして、『1、2歳児』などという幅の広い表現をしたのか。

 答えは簡単だ。第2子と第3子の妊娠の話をまとめてしていたのである──。

 と……いうわけで、はい。息子が2歳の今、第3子を妊娠中だ。前回のエッセイで、「喉元過ぎれば熱さ忘るる」はずのつわりへの怒りを新年早々ぶちまけていたのは、まさに吐き気や胃もたれと日々闘っている最中だったから、というわけ。これを伏線──いや、俗に〝匂わせ〟という。

 つわりというのは本当に厄介だ。私の場合、第1子<第2子<第3子と、症状はどんどんひどく、また持続期間も延びていった。毎回、「甘く見すぎた!」と頭を抱える羽目になっている。もう安定期に入っているけれど、今回はなかなか本調子に戻らない。そんな中で小説やエッセイの連載の〆切をきちんと守った私を誰か褒めてほしい──なんてことを書くとこれを読んだ編集者さんたちに気を使わせてしまうかもしれないから、あくまで心の中でこっそり、頑張ったねと声をかけてほしい。それくらい、心身を削られた2か月間だった。

 お茶すら飲めずに白湯とお友達、どころか大親友になったつわりのピーク期間だったけれど、ほっこりする出来事もあった。

 妊婦健診から帰ってくると、夫と留守番をしていた子どもたちが、なぜかリビングの床に毛布やタオルケットを敷いている。すると娘が「おかえり!」と駆け寄ってきて、「ママ、ぐあいわるい?」「きもちわるいの?」「おふとんあるよ、ねんねして」と世話を焼いてくれる。さらに「ばんそうこう、はった?」と私の腕にある採血の痕をチェックすると、「おふろにはいるまえに、はがさなきゃだめだよ」と妙に的確な指示を出す。前回の妊娠中は、私のお腹に勢いよくダイブして弟の命を危機にさらしていた娘が、4歳になるとこんなに大人に……。涙を禁じえない。

 かと思えば、まだ何も分かっていなくて、「あかちゃん、なんさいかなぁ~?」と無邪気に尋ねてきたり、「あかちゃんのパパはだれ?」と不穏すぎる質問を投げかけてきたりする。やめてくれ。君のパパと同じだよ。もし違ったらミステリが一本書けちゃうよ。


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辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『山ぎは少し明かりて』。

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