週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.141 ときわ書房志津ステーションビル店 日野剛広さん

目利き書店員のブックガイド 今週の担当 ときわ書房志津ステーションビル店 日野剛広さん

『町の本屋という物語』書影

『町の本屋という物語
定有堂書店の43年

奈良敏行
編/三砂慶明
作品社

 本屋で働いて31年。今やすっかり本屋のオヤジと化した私は、本屋で働くとはどういうことかをずっと考えている。売上のこと、品揃えのこと、陳列のこと、スタッフのこと、地域のこと、そしてお客様のこと。さらに、何を置くか置かないか? ゾーニングは適切か? 地域のお客様を信用して品揃えが出来ているか? 敷居は高すぎないか? その本の価値とは何か? オレはなぜ本屋なのか?

 本屋で働くとは自分の頭で考えるということだ。それにようやく気付いたのが今の店に勤めてからのことだった。

 

 今から約1年前、全国の本好き、本屋好き、同業者から「聖地」と呼ばれた本屋が43年間の営業に幕を下ろした。

 本書は著者の奈良敏行さんが、その聖地・定有堂書店の店主として長年に亘り、鳥取の地で繰り広げた、本と本屋の価値を高める奮闘と思考の記録である。そこには本屋のすべてが凝縮されており、まさに「本屋とは何か」という問いへの一つの決定的な回答だと言えるだろう。

 定有堂書店は、お客様とのコミュニケーション、地域との連携、品揃えからブック・カバーに至るまで、店主の思想が貫かれている。「思想」というと少々堅苦しく聞こえるだろうか。だがそれを「思い」という、情緒的な言葉に変換してしまうのはどこか違う気がするのだ。なぜならば奈良さんの実践は本を媒介とした地域への文化的貢献でありながら、商いとして地に足の付いたしっかりしたものであったからだ。実のところ、この両立がとても難しい。

 

 本書には、本屋や本屋で働く人の抱える疑問やジレンマが記されている。「本屋」と「書店」の違いとは何か? 本屋に個性は必要なのか? 改めて我々の扱う「本」とは何か? 時代の変遷との葛藤を続けながら、その中で本と読者と本屋にとっての最良の道を模索し続けたのが奈良さんだった。それは全方位的な目配せやバランスといった器用な話でもなく、あくまで奈良さんの実践から導かれた結論である。だからそこに過剰なノスタルジーも、シニカルな逆張りも読み取りようがない。

 苦悩と苦労を重ねつつも一つ一つ正面から取り組み、思考し、それが確かな道標となって、お客様と本屋の姿を照らしていくような、そんな瞬間を読者は目撃するだろう。

 

 今、本屋の未来を楽観視出来る人はほとんどいないだろう。景気の衰退と消費の低迷、物価高が売上を直撃し、現に書店の閉店は後を絶たない。決定的な打開策もないまま、本屋をめぐる迷走は続く。一方で書店の現場に勤める人たちの待遇、経費削減による現場の疲弊など、問題は山積みのままで限界を迎えている。そのような中で、明るい展望を見出す方が困難だ。

 これまで本屋は、書店は本当に自分の頭で考えて仕事をして来ただろうか? 本を、本屋の仕事を自分の元に手繰り寄せることよりも、目先の売上確保、データ至上主義…。それが悪いとは言わない。しかしその分、現場での思考は放棄され、何か見えない大きな力に仕事をさせられているような状況から脱却できないまま来てしまったのではないか。それがかえってこのような事態を招いているように思えてならない。

 奈良さんはあくまで「身の丈」の本屋であり続けたという。本が好き、本屋が好き、本屋が好きな人が好き。その3つが奈良さんの言う「身の丈」だ。そのことを真剣に徹底的に実践したということ。もともと本屋とはそういう場所だったのではないか。私たち本屋で働く人間の帰るべき原点が、ここにあるのではないかと思うのだ。

 

あわせて読みたい本

『明日、ぼくは店の棚からヘイト本を外せるだろうか』書影

『明日、ぼくは店の棚からヘイト本を外せるだろうか』
福嶋 聡
dZERO

 個人的にも同業者として指標としている人だが、福嶋さんの掲げる「言論アリーナ」の実現ためにヘイト本もあえて置くという姿勢を私は取れない。「言論アリーナ」「幅広い議論」ということが可能なのは、マジョリティの特権なのではないかと思うからだ。それでも、福嶋さんから教わったことは数限りなくある。それは本屋で働くとは「自分の頭で考える」ということだ。本屋に関わる人ならば、一度は読んでみると良い。あとは自分なりの実践だ。

 

おすすめの小学館文庫

煩悩ディスタンス

『煩悩ディスタンス』
  
辛酸なめ子 
小学館文庫

 人間は他者との距離の取り方が下手な生物です。下手なのに地雷を踏み続け、諍いまで起こしてしまいます。そんな人同士の距離感が、コロナ禍を経て劇的に変わったのかは分かりません。むしろ下手さ加減は増幅されたように思います。辛酸なめ子さんの人間との距離の取り方は、不器用で冷めているような気がしますが、本当はこのくらいが良い塩梅であって、笑えるのではないかと思います。笑えることは重要です。スロウで丁寧で、そこはかとなく終末感漂う文章によって説かれる〝ディスタンス〟は、こんな世界に生きる我々人類の叡智であると言えましょう。
 では皆さま、終末…じゃなかった、週末は本屋へ行こう。ごきげんよう。
◎編集者コラム◎ 『絞め殺しの樹』河﨑秋子
今、警察の〝訟務〟が熱い!『県警の守護神』水村 舟 ×『守護者の傷』堂場瞬一 特別対談