今、警察の〝訟務〟が熱い!『県警の守護神』水村 舟 ×『守護者の傷』堂場瞬一 特別対談
「訟務係」を描いた二冊の小説
堂場瞬一(以下、堂場)
珍しいですよね。こういう特殊なモチーフの小説がかぶるというか、ほぼ同時に刊行されるのは。水村さんが訟務係を書こうと思ったのはなぜなんですか。
水村 舟(以下、水村)
警察小説新人賞を知ったのをきっかけに書き始めたんですが、新人賞なのでこれまでにないネタで書きたいと思ったんです。そこで思い当たったのが訟務係でした。法務関係の仕事をしていたので警察にこういう部署があるというのは知っていて、まずこれから書いてみようかと。
堂場
僕の場合は三年ぐらい前から取材していて、ある人のところに行ったら、「よくここにたどり着きましたね」と言われました。それくらいマイナーな部署なんです。その部署を扱った作品が二つ揃って出たからちょっと驚きました。
でも、日本で法務関係の小説を書くのは難しいですよね。アメリカではリーガルサスペンスが一大潮流になっていて、空港の本屋に行くとだいたい一番いいところに置いてある。
アメリカが訴訟社会だからということもあるけど、日本では、法廷でとんでもなく意外な事実が出てきて裁判がひっくり返るようなことがほぼないから、リアリティのある物語が書きづらい。それなのに水村さんは訟務係という題材でよくお書きになったなと思います。大変だったんじゃないですか。取材はされましたか。
水村
判例集や法務省の訟務局が書いている実務者向けの本を読んで勉強したくらいですね。仕事の関係で法律用語にはなじみがあったのでとっつきやすくはあったんです。それに、もともと警察が大好きなんですよ。だから、警察が訴えられた時の裁判例を見るのは楽しかったですね。
──両作品の本文中に書いてありますが、警察は意外とよく訴えられているんですね。
堂場
交通違反の取り締まりに納得できないとか、そういうケースですね。警察の扱いに不満があったとか。訴訟と言ってもそういう訴訟だから、物語の大きいうねりを作りにくい。その辺は、普段の通常の事件捜査の話を書くよりも難しかったですね。
警察小説を書いた理由は
──水村さんは第二回警察小説新人賞を受賞されましたが、その前年の第一回でも最終選考に残ったんですよね。
水村
そうです。他の賞には応募していません。
堂場
それはすごい度胸だな。小説家志望なら、リスクを減らすためにいろいろな賞に出すのが普通だと思うけど。
水村
若い頃にライトノベルを書いていた時期があって、別のペンネームで賞をもらって本を出させていただいたことがあったんです。でもそれ一冊きりで、書くのをやめてしまいました。
もともと中高生の頃から警察小説、ハードボイルドが好きだったんですけど、それとは別にアニメーション研究部に入ってラノベも読んでいたので、まずはラノベかなと。
堂場
世代の差ですね。僕の頃には、中学生、高校生ぐらいだと今のようなラノベはまだなかったから。それに、背伸びして大人の小説を読むのがカッコいいみたいなところもあるじゃないですか。僕はそれでハードボイルドにハマって、それからは海外の小説を読んできました。警察小説を書くようになったのも、日本では私立探偵は成立しないから、事件捜査ができる刑事を主人公にしているだけなんですよ。だから僕の初期の警察小説、たとえば鳴沢了のシリーズなどはハードボイルドに近いと思う。
水村
意外ですね。僕は堂場先生の作品をはじめ警察小説が好きだから、自分でも書いてみようと思ったんです。警察小説新人賞というユニークな賞ができたと知って。すっぱり小説を書くのやめて、十年以上読む専門だったんですが。
堂場
たまたま賞ができたから、というのは珍しい動機ですね。
水村
警察小説新人賞の第一回でも訟務係を書いたんですが最終選考で落選しました。今回受賞した作品も訟務係。二回、同じネタで書いたんです。書いてみたらすごく楽しくて。警察官を書いているだけでも面白いし、警察署の構造とか考えるだけで気持ちが上がります。主人公が持つ拳銃も、これにしようかあれにしようかとか、専門書を見ながら想像するだけで楽しかったですね。
異色の女性警察官たち
──お二人の今回の作品は、訟務係以外にも女性が主人公という共通点があります。
水村
そうですね。女性主人公の作品を書きたいなという気持ちは最初からありました。
堂場
僕も最近、女性主人公を書くようになったんですが、冒険の一つですね。
水村
先生の「ボーダーズ」シリーズのヒロイン、朝比奈由宇はいいですよね。カッコいいです。
堂場
彼女は『野心 ボーダーズ3』で主役になったからね。今のご時世で、女性が活躍していないのはリアリティがない。
水村
私は単純に女性主人公のほうが書いていて面白いんです。男性主人公の小説を書こうとすると手が進まないといいますか。
堂場
自分と逆方向に行くって一つの手ですよね。僕だったら、うんと若い人を書いてみるとか。若い作家さんだったら年寄りを書いてみるとか。そうするといろいろ考えるから、意外な化学反応が起こることある。
僕は二百冊近く書いてきて、最近やっと女性主人公を書くようになりました。『警視庁犯罪被害者支援課』がシーズン2に入って主人公が柿谷晶という女性になったあたりから。ここでもうちょっと別のタイプのキャラクターを出したいなと思って、今回の『守護者の傷』で水沼加穂留になったんです。女性主人公は女性編集者からのチェックが厳しいと思うんですが、どうでした?
水村
応募原稿から本にするにあたって、いろいろと細部にツッコミを入れていただいてありがたかったです。
堂場
ツッコミを入れてくれるってことはブラッシュアップしてくれているわけだから。いいことですよね。
──水村さんの『県警の守護神』は、ヒロインの桐嶋千隼がかなり型破りなキャラですね。元競輪選手。正義のためには警察組織の掟を無視しても暴走するという。
水村
そうですね。訴訟が地味なので、キャラを強烈にしたほうがいいかなと思いました。
堂場
千隼はメダリストだものね。もう一人の主要登場人物の国田リオはさらにぶっ飛んでる。普通はリオみたいな人は警察に採用されないでしょう。警察は採用にあたっては生い立ちや背景をみっちり調べるからね。よく採ったなって。
水村
田舎の県警だからゆるいというか、こういうこともあるかなと。
堂場
僕もそう思いましたけどね。いい加減な県警だなって(笑)。だから逆に、『県警の守護神』をシリーズ化するとしたら、この子を生かしていけるかどうかですね。型にハマったいい子になるのか、あるいはもっとはみ出して危険スレスレのことをさせるのか。リオは今後も使えそうな気がします。スピンオフを書いてもいいし。
憎々しい敵役も小説の醍醐味
──『県警の守護神』の千隼も、『守護者の傷』の加穂留も、ちゃんと事件を経て成長する。それが読みどころかなと思いました。
堂場
そこは基本ですね。主人公がちゃんと成長してくれないと。『県警の守護神』のもう一人の訟務係、弁護士資格を持っている荒城はどうなのかな。
水村
続篇があればもう少し成長させたいですね。
堂場
どう成長するのかな。ああいう人は何を経験させれば成長するんだろう。
水村
千隼と荒城の距離感が縮まれば成長なのかなと思んですけどね。
堂場
距離感取れてないもんね、あの二人(笑)。
水村
(笑)。
堂場
荒城に対しては一瞬、怒りを覚えたんですよ。なんなんだお前は! って。頭にくるキャラじゃないですか。でも読者にそう感じさせたら、それはそれでいいと思います。すべてのキャラが好かれるっていうのはあり得ないから、「こいつ嫌だ」って読者に思わせる印象的なキャラクターが書けたら、それは作者の勝ちだと思う。
水村
なるほど。勉強になります。(メモを取る)
堂場
読者に好かれそうな人を書くのは、そんなに難しくない。敵役をいかに憎々しく書くのかが、小説の醍醐味だと思いますね。
主人公と所属部署の関わり
──『県警の守護神』と『守護者の傷』はどちらも二部構成という共通点もありますよね。
水村
もともと二部構成というのはあまり考えてなかったんです。訟務係って、どこかの課が訴えられた時にサポートする仕事なので、他人事になってしまう。それだと小説として面白くないので、主人公の警察官がまず訴えられる。そこに訟務係が出てきてサポートするなかで訟務係の仕事を見せる。それが第一部で、第二部になると今度は主人公が訟務係に異動して、内側から訟務係を見る。そうすれば面白くなるんじゃないかと思いました。それで二部構成にしたんです。
堂場
僕の「警視庁犯罪被害者支援課」シリーズがそのパターン。被害者か加害者の家族が支援課に異動になる。ただ、僕はその前日談は書いていない。さらっと紹介しているだけ。その仕事に深く関わっていく理由が欲しいんですよね。勤め人として異動したからやってます、じゃ面白くないから。主人公が経験したことと仕事が関わっているという書き方をしたいですよね。
水村
その通りですね。
堂場
ただ、僕だったら第一部は一ページで済ましましたね。
水村
一ページですか!
堂場
深く書きたくないというか、さらっと書いて、あとは読者に想像してもらう。
水村
ああ、なるほど。
堂場
僕は読者に投げるのが好きなんです。ちゃんと書いてって言われることもあるんだけど、小説には勝手に想像して楽しむ面白さがあるじゃないですか。裏読みとかね。それをやるために書きすぎないように気を付けています。
一つの世界に展開する警察小説に
──堂場さんから水村さんに警察小説の先輩としてアドバイスはありますか。
堂場
これから警察小説を書いていくなら、同じ県警で書くとか、世界観を統一したほうがいいですよ。『県警の守護神』から始まるならR県警シリーズ。違う県警を出すにしても同じ世界の別の県警で書いたほうがいいと思う。
いろんな世界を書いていると、読者が読み進めていった時に印象がぼけるんですよ。「水村ワールド」だとわかると読者が親しみを感じてくれる。一冊読んだ人が次に手を出したくなるという効果があるから。
水村
なるほど。それは考えていませんでした。
堂場
R県が人口どれくらいかとか、市の規模はどうだとか。実は原発があるとか、南部と北部で文化圏が違うとか、どんな歴史があるのかとか。そういう設定を考えておくとリアリティが出てきますよ。
水村
勉強になります。
堂場
僕はもう自分がつくってきた世界を、最後にどうまとめようか考えていますから。全部のシリーズを最後に統合して終わらせようって。
水村
全部ですか?
堂場
どうやってまとめるかはまだ決めていないけど。二十五年後に作家を引退する予定なので、それまでには。ただ、まだ何も思い浮かばない。登場人物が多くなりすぎて。
水村
すごいですね、堂場さんの警察ですね。私も考えてみます。
堂場
『県警の守護神』からいろいろな話が出きてきそうだから楽しみですね。
水村
ありがとうございます。がんばってこれからも警察小説を書いていきたいと思います。
★『守護者の傷』メインの対談はカドブンで!
『県警の守護神 警務部監察課訟務係』
水村 舟=著
小学館
『守護者の傷』
堂場瞬一=著
KADOKAWA
水村 舟(みずむら・しゅう)
旧警察小説大賞をきっかけに執筆を開始。第2回警察小説新人賞を『県警の守護神 警務部監察課訟務係』で受賞し、デビュー。
堂場瞬一(どうば・しゅんいち)
1963年茨城県生まれ。青山学院大学国際政治経済学部卒業。2000年『8年』で第13回小説すばる新人賞を受賞。著書に「警視庁追跡捜査係」「警視庁総合支援課」「ボーダーズ」「ラストライン」シリーズのほか、『刑事の枷』『デモクラシー』『赤の呪縛』など多数。