週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.109 ときわ書房志津ステーションビル店 日野剛広さん

目利き書店員のブックガイド 今週の担当 ときわ書房志津ステーションビル店 日野剛広さん

『リスペクト』書影

『リスペクトR・E・S・P・E・C・T』
ブレイディみかこ
筑摩書房

 2014年のロンドン。前々年のオリンピックが終わり、体の良い「再開発」が始まって、自治体は貧困層の住居確保を優先順位の下位に押しやり、予算を削減。それによって住処を奪われそうになった女性たちが立ち上がり、空き家の多い公営住宅を占拠するという事件が起きた。本作はこの事件をモデルにして書かれた、『両手にトカレフ』に続くブレイディみかこ2冊目の小説である。

 暮らしを奪われてはならぬと、怒りを爆発させながら生活の保障と生存権を賭けて役所に乗り込む女性たち。その態度に役所の職員の口から出た言葉はこうだった。
「そのようなリスペクトに欠ける態度は許容しません」
 本書のタイトル「リスペクト」という言葉。物語中で序盤に登場するのは、この役人の上から目線の言い草である。体制側からの「リスペクトしてください」というご教示は、地べたの側からの「リスペクトしやがれ!」という切実な訴えに反転し、彼女たちは連帯し、声を上げ、行動を起こしていく。

 声を上げること、行動することで失うものの多さ。誹謗中傷やメディアのミスリード、政治利用など、余計なものがつきまとい、それらに疲弊して挫折する者は後をたたない。ヘイトの凶悪さは人を殺すほどの邪悪な力がある、ということを嫌というほど見せられている現代で、声を上げるということは命がけであると言っていい。 

 そんな社会を変えるにはまず、何よりも1人で抱え込まないということ。自分でやってやるという意志、それに共鳴する者同士の助け合い。1人1人はとても弱い。しかし連帯と共感と工夫と実行が伴えば、勇気が湧く。自分だけじゃないんだと。そして無関心が冷静さにすり替えられることの多い現代に、人の温かさに触れ、世の中捨てたもんじゃないと思うこと。いつかは自分が助けられる側になるという可能性に思いを馳せること。そうした実感と想像力の積み重ねで、他者への、そして自分へのリスペクトは生まれる。
 小説内のキーパーソンの1人である日本人新聞記者も、はじめは一歩引いて彼女たちを見ていたが、知ること、動くこと、関わることで影響を受け、自身の立ち位置と生き方を見つめ直していく。それは自身に対するリスペクトが生まれる瞬間でもある。

 この本のタイトル「リスペクト」は、もちろんアレサ・フランクリン、1967年全米1位に輝いた〝Respect〟に由来する。
 元々はオーティス・レディングの楽曲を、歌詞を変更し、女性の側のスタンスで歌い上げたアレサ版。黒人であることと女性であることで2重の差別を受ける彼女たちにとって、本曲は闘争の歌となり、アレサのパワフルな歌唱ともあいまって、エンパワメントとしてのテーマ曲となり得たのだ。まさにこの小説の主題歌である。

 登場人物の一人、ローズが歌ったイギリス労働者階級のアンセム〝Bread and Roses〟。「私たちはパンだけでなく 薔薇も欲しい」。
 そしてアレサが歌った「少しでいいからリスペクトしてほしい」。

 そうだ、人はただ生きているのではない。誰しも自身の中に尊厳があり、自らをリスペクトしていいのだ。そのちょっとのリスペクトを勝ち取るまでの道のりがどんなに険しくとも、声を上げ、行動することで、いつかは大きな勝利に近づいていく。本作こそが読者を鼓舞する、プロテスト・ソングなのだ。

 著者は巻頭で「日本の読者たちに本書をぶち投げます。」と宣言している。読んで欲しい、ではなくぶち投げる。投げられた私たち読者は、ただ読んで良かったね、最高だね、と満足するだけでは終われない。生存と尊厳を賭けて立ち上がり、理不尽を黙って受け入れることへの抵抗と反骨心を抱いて声を上げ、闘う時がきたのだ。

 

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