週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.182 精文館書店中島新町店 久田かおりさん
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乗代雄介のデビュー作『十七八より』を読んでいる人にはピンとくるかもしれないこのタイトル。阿佐美家サーガと呼ばれるシリーズの最新作は主人公景子の年齢が二十四五という設定。二十四なのか、二十五なのか。このあいまいな感じが物語全体を包み込んでいる。
弟の結婚式に出るために仙台に向かう景子は、新幹線の中で読んでいたヤマシタトモコの『違国日記』をきっかけに就活生夏葵と知り合う。
文学賞を受賞して作家となった景子は自分の書いたものを誰にも読んで欲しくないという。そんな景子と、五年前に亡くなった叔母ゆき江の間にある、誰にも理解できない何か。景子にとってゆき江とはどんな存在だったのか。なぜ景子はゆき江にとらわれ続けているのか。何も明らかにならないまま物語は進む。
結婚式で再会した弟の友人から聞いたゆき江の言葉。景子の中でぼんやりとしていたゆき江への想いにようやく焦点が合っていく。
大きな事件は起こらない。大きな情動も湧いてこない。淡々と描かれていく景子や、景子の家族模様。だから新幹線で出会った夏葵との「遠足」の場面を読みながら知らずあふれた涙に自分でも驚いた。決して泣く場面じゃない。泣かせる流れでもない。逆に物語の中で初めてクスッっと笑ってしまうような状況なのに、心の深いところからじんわりと涙がやってくるのだ。この涙はどこから来たのだろうか。
両親を事故で亡くした姪と、親戚の中でたらいまわしにされそうだった彼女を勢いで引き取ってしまった叔母との不器用で愛しい毎日を描いた『違国日記』では母から娘へと日記が贈られる。母親が書いていた日記と、叔母との生活のなかで少女は自分の痛みを自分のものとして受け入れていく。自分の書いたものを人に読まれたくないという景子は、喪った叔母との関係を、叔母から与えられたものを自分の中に探し続けているのだろう。目をそらしていたその痛みを自分のものとして受け入れる、未だ旅の途中なのかもしれない。
あわせて読みたい本
叔母と姪の次は叔父と姪の物語を。中学入学前の春休み、亜美は作家の叔父と共にとある目的のため我孫子から鹿島まで歩いてたどる。亜美はリフティングの練習をしながら、叔父は風景を描写しながら。天真爛漫な姪と博識な叔父、そこに偶然出会った就職前の女子大生が加わり、穏やかで楽しい旅が続く。けれど途中から読者はあることに気付く。予想が外れることを祈りながら読むことになるだろう。叔父が書き記すこの旅の本当の意味とは。
久田かおり(ひさだ・かおり)
「着いたところが目的地」がモットーの名古屋の迷子書店員です。