【映画化】ノーベル文学賞作家による傑作ノンフィクション、『戦争は女の顔をしていない』の魅力

2019年に映画化され、カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門の監督賞を受賞した『戦争と女の顔』。この作品の原作は、ベラルーシの作家であり、ノーベル文学賞受賞者でもあるスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチによる傑作ノンフィクション『戦争は女の顔をしていない』です。アレクシエーヴィチという作家のルーツや生い立ちとともに、この作品の魅力を紹介します。

2015年にノーベル文学賞を受賞したベラルーシの作家、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチによる代表作『戦争は女の顔をしていない』。2019年にはロシアの若手監督、カンテミール・バラゴフによって映画化され、同年のカンヌ国際映画祭にて「ある視点」部門で監督賞、国際批評家連盟賞を受賞しました。本作は日本でも、今年7月から全国の劇場で順次公開されています。

映画の原作となったノンフィクション作品、『戦争は女の顔をしていない』は、第二次世界大戦の独ソ戦に従軍した女性たちの聞き取りをまとめたアレクシエーヴィチのデビュー作です。アレクシエーヴィチは本書の他にも、『チェルノブイリの祈り』『ボタン穴から見た戦争』といった傑作ノンフィクションを記している作家です。今回は、アレクシエーヴィチの生い立ちや『戦争は女の顔をしていない』が生まれた背景をあわせて紹介しつつ、本書の読みどころを解説します。

『戦争は女の顔をしていない』の著者、アレクシエーヴィチとは

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチは、1948年生まれの、ウクライナ・ソビエト社会主義共和国出身の作家です。

ベラルーシ大学でジャーナリズムについて学んだ彼女は、卒業後、ジャーナリストとして活動するとともに、さまざまな人々への「聞き書き」(対話を通じ、話し手の語りをそのまま作品にする手法)を通じて戦争や原発事故といった社会問題を浮き彫りにしてきました。アレクシエーヴィチは長年ベラルーシで生活していましたが、2020年から、持病の治療のためにベラルーシを出国し、現在もドイツに亡命しています。

1985年に発表されたデビュー作、『戦争は女の顔をしていない』を始め、ドイツ軍侵攻当時子どもだった人々に聞き取り調査をおこなって綴った『ボタン穴から見た戦争』、被災した人々や除染作業をおこなった消防士・その家族らへのインタビューを通じてチェルノブイリ原発事故を描いた『チェルノブイリの祈り』──など、アレクシエーヴィチの作品はどれも、長いあいだ社会から軽んじられ、声を上げることを認められていなかった人々の語りに焦点をあてて書かれているのが大きな特徴です。

アレクシエーヴィチの作品は、本国・ベラルーシでは言論統制により出版が許可されていない状態が長く続いていました。しかし、『チェルノブイリの祈り』が第30回全米批評家協会賞ノンフィクション部門を受賞するなど世界的な評価は高く、その功績が称えられ、2015年にはジャーナリストとしては初めてのノーベル文学賞を受賞しています。

ロシアによるウクライナ侵攻を受け、現在、侵攻に否定的立場をとり続けるアレクシエーヴィチの言葉に再び注目が集まっています。その作品の数々は、まさに2022年のいま読むべきものと言えます。

『戦争は女の顔をしていない』誕生の背景


出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4006032951/

前述の通り、『戦争は女の顔をしていない』は、アレクシエーヴィチが1985年に発表したデビュー作です。

この作品が生まれた背景には、アレクシエーヴィチの生い立ちが深く関わっています。アレクシエーヴィチが育ったベラルーシの村には女性しかおらず、彼女は“男性の声を聴いたことがなかった”と記しています。ベラルーシでは第二次世界大戦に従軍した人々の4人にひとりが命を落としたという痛ましい歴史があり、村には父親や夫、兄弟の帰りを待つ女性たちが溢れていたのです。

しかし実は、独ソ戦においては、女性の兵士も100万人以上存在したことが知られています。そうであるにも関わらず、戦争について語られる言葉が「男の言葉」ばかりであることに、アレクシエーヴィチは長年、疑問を抱いていました。

“戦争はもう何千とあった、小さなもの、大きなもの、有名無名のもの。それについて書いたものはさらに多い。しかし、書いていたのは男たちだ。わたしたちが戦争について知っていることは全て「男の言葉」で語られていた。わたしたちは「男の」戦争観、男の感覚にとらわれている。男の言葉の。女たちは黙っている。わたしをのぞいてだれもおばあちゃんやおかあさんたちに問いただした者はいなかった。戦地に行っていた者たちさえ黙っている。もし語り始めても、自分が経験した戦争ではなく、他人が経験した戦争だ。(中略)
女たちが話すことは別のことだった。「女たちの」戦争にはそれなりの色、臭いがあり、光があり、気持ちが入っていた。そこには英雄もなく信じがたいような手柄もない、人間を越えてしまうようなスケールの事に関わっている人々がいるだけ。”

だからこそ、アレクシエーヴィチは「女の言葉」を取り戻すため、聞き取り調査を始めたのです。彼女は、狙撃兵や衛生指導官、工兵など、戦争に関わった500人以上の人々への膨大なインタビューを通じ、女性たちの語る戦争の全貌を解き明かそうとしました。

しかし、完成後も、本が出版されるまでには2年もの年月が必要でした。それは当時のベラルーシの大統領が、『戦争は女の顔をしていない』は祖国を中傷する本だと主張し、出版禁止を命じていたためです。しかし、ペレストロイカを経て本が出版されると、本書は瞬く間に200万部を超えるベストセラーとなりました。『戦争は女の顔をしていない』は現在も、世界各国で読み継がれています。

初めて聞き取られ形に残された、“女性たちの”苦しみ

本書の最大の魅力は、それまで黙殺されてきた「女性」の語りに焦点を当て、戦時下におけるジェンダーの問題や、女性の声の軽視されやすさを浮き彫りにしている点にあります。

本書に登場する女性たちの多くは、戦時中も自らの美意識や“女性らしさ”、“自分らしさ”を諦められないことに強い葛藤を覚えたと語ります。ある狙撃兵の女性は、このように言います。

“私がきれいだった頃が戦争で残念だわ、戦争中が娘盛り。それは焼けてしまった。その後は急に老けてしまったの……”

別の女性は、男性の兵士たちからは強くあれと求められる一方で、女性らしく、やさしくあることを暗に要求されるという矛盾に苦しんでいたと語ります。

“私は戦時中いつも微笑んでいたわ。女はできるだけ微笑んでいなければいけない、女は周りを明るくしなければならないって。前線に私たちを送り出すとき老教授がそう教えたんです。(中略)負傷者があまりに痛くて泣いているとき、「大事な人、愛しい人」と言ってやるんです。「俺のこと好きか、看護婦さん」(若い私たちを優しくそう呼んでました)「もちろん好きよ。だから、早く元気になって」と言ってやりました。負傷兵たちは腹をたてたり、罵ったりするのですが、私たちは決してそうしません。ちょっとでも乱暴な言葉を吐けば厳しい罰を受けて営倉に入れられることだってありました。”

また、勇ましく強くあろうとするあまり、戦時中に生理が止まったと語る女性や、生理のための替えの下着や脱脂綿をもらうことができず、血を流しながら敵地まで歩くことがつらかったと語る女性もいます。中には、血で汚れた体を洗うため、河を目指す最中に亡くなってしまった人もいたといいます。

これらはまさに、これまで男性中心の歴史や戦争史のなかでは決して語られてこなかった言葉たちです。女性たちの実感のこもった、手ざわりのある証言を通じ、戦争の新たな一面に初めて目を向けることになる読者は多いはずです。

おわりに──“話し言葉”の文学者・アレクシエーヴィチ

アレクシエーヴィチは、2021年に刊行された講演・対談集『アレクシエーヴィチとの対話「小さき人々」の声を求めて』の中で、自らの仕事について、

“フローベールは自分のことを「ペンの人」と言っていたそうですが、それなら私は「耳の人」だと言えるでしょう。道を歩いていると、言葉やフレーズや叫びが耳に飛び込んでくるのです。いったいどれだけの物語が跡形もなく時の流れの中に消えていってしまうのだろうと思います。(中略)
人間の生活には、文学が捉えきれていない話し言葉の領域があります。いまだにきちんと評価されていない領域。いまだに驚いたり感嘆したりということがされていない領域。でも私はそこに心惹かれ、虜になっているのです。私は人が話すのを聞いているのが好き。人間の孤独な声が好きなんです。”

と語っています。この言葉の通り、アレクシエーヴィチの作品は“話し言葉”の文学であり、長いあいだ聴こえないことにされてきた人々の声に耳を澄まそうとする真摯さの結晶そのものです。

いまだ続いているロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに、あらためて戦争について考えたくなったという方は多いのではないでしょうか。ぜひ、いまこそこの名著に手を伸ばし、声なき人々の語りに耳を傾けてほしいと思います。

初出:P+D MAGAZINE(2022/08/19)

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