◎編集者コラム◎ 『山ぎは少し明かりて』辻堂ゆめ

◎編集者コラム◎

『山ぎは少し明かりて』辻堂ゆめ


『山ぎは少し明かりて』写真
装丁デザインはnimayuma Inc.の大口典子さん、装画は野口奈緒子さんが描いてくださいました。

 髪に積もった雪を軽く払いながら、佳代は昔千代がよく暗誦していた枕草子の一節を思い出した。春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは少し明かりて──千代が軽やかに口ずさんだとき、今まさに視界に映っている瑞ノ瀬の裏山と美しい夜明けの空が、佳代の頭に自然と浮かんだ。千代や、千代とともに高等小学校に通う生徒らも同じだったろう。瑞ノ瀬の人間にとっての山とは、村の四方を囲む小高い自然の恵みを指す。

(文庫版275ページ、第3章より抜粋)

 タイトルの「山ぎは少し明かりて」は、かの有名な「枕草子」の冒頭より抜き取った言葉です。陽の光が山際に輝き、少しずつ明るんでいく明け方の清々しい空気が感じられる、とても美しい日本語だと感じます。

 清少納言がこの文を綴ったころに似た、緑深き日本の自然の姿が豊かに残っていた戦前、幼い佳代は瑞ノ瀬の村を無邪気に走り回っていました。

 それから約70年が経ち、佳代の子・雅枝は生まれ育った地を離れてバリバリ働くキャリアウーマンになり、さらに雅枝の子・都はグローバル化に伴い海外へ留学をするも、異文化に適応できず悩み多き学生時代を過ごしています。それぞれにとっての「故郷」とは、記憶も意味合いも温かみもまったく異なるものでした。

 私たちにとって「故郷」とはいったいなんなのか、ということを、古きよき日本のふるさとの栄光盛衰を目の当たりにしながら考えることのできる、唯一無二の作品です。

 本書の目次は下記の通り。

プロローグ

雨など降るも
夕日のさして山の端
山ぎは少し明かりて

エピローグ

 この章タイトルはすべて、「枕草子」第1段のなかに隠れています。ぜひこれを機に検索をして、日本の美しい風景をイメージしながら読んでみてください。きっと十代の頃に教科書で触れたときには感じられなかった感動がわき起こることと思います。

 文庫版ではいきものがかりのメンバーで、小説家でもいらっしゃる水野良樹さんに巻末解説をご執筆いただきました。あわせてぜひお楽しみください。

──『山ぎは少し明かりて』担当者より

山ぎは少し明かりて
『山ぎは少し明かりて』
辻堂ゆめ
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