【6つのトリビア】本当はちょっぴりシュールな「アンパンマン」

アンパンマンのアニメは子供の頃大好きだだったけれど、アニメの原作となった絵本は一度も読んだことがない……、という方は意外と多いのではないでしょうか。実は、やなせたかしが描いた『アンパンマン』の原作絵本には、ちょっぴりシュールなヒミツがたくさん隠されているのです。今回は、『アンパンマン』にまつわる6つのトリビアを紹介します。

日本でその名を知らない人はいない、国民的キャラクター「アンパンマン」
2019年は、元祖「アンパンマン」が絵本のキャラクターとして誕生してから50周年であると共に、原作者のやなせたかしの生誕100周年となる記念すべき年です。

しかし、アニメ「それいけ!アンパンマン」を見て育ったけれど、アニメの原作となった絵本は一度も読んだことがない……、という方は意外と多いのではないでしょうか。実は、やなせたかしが描いた「アンパンマン」というキャラクターには、ちょっぴり怖いヒミツやシュールなヒミツがたくさん隠されているのです。

今回は、やなせたかしが遺した絵本や随筆などの著書を紹介しつつ、アンパンマンにまつわる6つのトリビアをひも解いていきます。

【トリビア1】アンパンマンはもともと、“人間の顔”をしていた

「アンパンマン」はもともと、1969年、雑誌『PHP』の連載の中で、漫画家・やなせたかしによる読み切りの絵本童話の1作として発表された作品です。この作品の中で、アンパンマンはなんと人間の顔をしたキャラクターとして描かれていました。

元祖
『十二の真珠』収録、「アンパンマン」より/出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4835449010/

この“元祖アンパンマン”はのちに短編童話集『十二の真珠』の中の1話として書籍化され、現在でも手にとることができます。
元祖アンパンマンは、スカーフのようなものを被り、マントで空を飛ぶ丸顔の人間の姿で描かれています。ビジュアルは現在のアンパンマンと大きく違うものの、お腹を空かせた子どもたちにパンを配ってあげるヒーローという点は共通しています。

やなせたかしはこの元祖アンパンマンに関して、

自分でパンを焼いているから、マントには焼けこげがある。太っているし、顔もあんまりハンサムじゃありません。非常に格好の悪い正義の味方を描こうと思ったのです。
──『わたしが正義について語るなら』より

と自身の著書の中で語っています。

わたしが正義について
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/459113735X/

【トリビア2】アンパンマンは、やなせたかしの従軍経験から生まれた

では、“格好の悪い正義の味方”であるアンパンマンというキャラクターは、なにをきっかけに生まれたのでしょうか。やなせたかしは、その根底に自身の従軍経験で身をもって感じた“飢え”がある、と語っています。

ぼくが飢えを実感したのは兵隊として戦争に行った時でした。(中略)耐えられないのは何かというと、食べるものがないということだったのですね。それ以外のことは、けがをしても薬をつけていれば治るし、たいていのことは我慢できるのだけれど、ひもじいということには耐えられません。なんでもかんでも食べたくなっちゃう。一番辛いのは食べられない、飢えるということだったんです。

日本に帰ってみても、その当時の昭和二十年代は本当に食べるものがなかった。毎日食べていくのが大変な時代でした。戦争が終わって、アメリカのスーパーマンやスパイダーマン、いろんなヒーローがいっぱい出てきました。正義の味方だといって、どんどん人気が出た。ところが彼らは、飢えた人を助けに行くとか、そういうことは全然やらないのですね。
──『わたしが正義について語るなら』より

やなせたかしは著書の中で、飢えた子どもたちにはなにも施さず、ただ目の前の派手で大きな敵ばかりを倒すヒーローに違和感を覚えた、と述べています。彼のそんな思いから、アンパンマンは弱い人々の“飢え”を癒やすヒーローとして誕生したのです。

【トリビア3】アンパンマンに弱点が多いのは、“ほんとうの正義は必ず傷つくもの”だから

1973年、アンパンマンは人間からアンパンの顔に生まれ変わり、『あんぱんまん』という絵本のキャラクターとして発表されました。この作品の中で、アンパンマンは現在の姿と同じように、顔が濡れるとすぐに弱って力が出なくなってしまうヒーローとして描かれています。

あんぱんまん
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4577002086/

やなせたかしはこの絵本のあとがきの中で、アンパンマンを“弱い”ヒーローにした理由をこう述べています。

子どもたちとおんなじに、ぼくもスーパーマンや仮面ものが大好きなのですが、いつもふしぎにおもうのは、大格闘しても着るものが破れないし汚れない、だれのためにたたかっているのか、よくわからないということです。
ほんとうの正義というものは、けっしてかっこうのいいものではないし、そしてそのためにかならず自分も深く傷つくものです。(中略)
あんぱんまんは、やけこげだらけのボロボロの、こげ茶色のマントを着て、ひっそりと、はずかしそうに登場します。自分を食べさせることによって、餓える人を救います。それでも顔は、気楽そうに笑っているのです。
──『あんぱんまん』あとがきより

絵本の発売当初、アンパンマンは残酷でみすぼらしいキャラクターとして、絵本の評論家や幼稚園の先生たちから酷評されたといいます。しかし、それに反して3歳から5歳の幼児を中心に人気が大爆発し、絵本はどこに行っても売り切れや貸し出し中が続く状態に。
子どもたちの純粋な支持があったからこそ、アンパンマンは現在のような国民的キャラクターの地位を掴んだ、とやなせたかしはのちに『わたしが正義について語るなら』の中でも語っています。

【トリビア4】アンパンマンのキャラクターたちのモデルは、『風と共に去りぬ』

アンパンマンには、ライバルのばいきんまんを筆頭に、個性豊かなキャラクターが多数登場します。アンパンマンのキャラクターたちのモデルとなったのは、なんとあの『風と共に去りぬ』(マーガレット・ミッチェル著)

風と共に去りぬ
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4102091068/

『風と共に去りぬ』は、南北戦争下のアメリカ南部を舞台に、美しいけれどとびきり気性の荒い女性、スカーレット・オハラの半生を描いた長編小説です。この作品は1939年に映画化もされ、映画史に残る名作として知られるようになりました。

この作品を愛していたやなせたかしは、1970年代後半、人気を呼びつつあった『アンパンマン』のキャラクターを増やそうと考えたときに、まず参考にしたと言います。

アメリカ映画の「風と共に去りぬ」はキャラクターがくっきりできている、ひとつの模範例です。主役のスカーレット・オハラは美人でわがままで強気で相当嫌な性格。それでも女優はみんなやりたがります。アンパンマンでいえばドキンちゃんですね。
おとなしいメラニーはバタコさんで、知的な二枚目でしょくぱんまんを登場させる時にはアシュレーでいこう、とすぐに思いました。(中略)
レット・バトラーは、強いていえば「アンパンマンとばいきんまんを足して二で割る」でしょうか。
そういうわけで「風と共に去りぬ」は意識して参考にしました。
──『わたしが正義について語るなら』より

……アンパンマンのキャラクターのモデルがあの名作映画にあったとは、アンパンマンファンもびっくりの事実。しかし言われてみると、激情家だけれどチャーミングなスカーレット・オハラというキャラクターとドキンちゃんは、特によく似ているような気もしてきます。

【トリビア5】ジャムおじさんとバタコさんは、人間ではない

アンパンマン大研究
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4577018985/

パン工場で働くジャムおじさんとバタコさんは、アンパンマンの顔が欠けたり濡れてしまったときに新しい顔を焼いてくれる、頼れる存在。実はこのふたりは“人ではなく、妖精に近い存在”だと、やなせたかしが『アンパンマン大研究』を始めとする著書の中で述べています。

その理由については、

そうでないと、この非現実的な話には、不自然なところが出てきます。アンパンマンという架空のバーチャルランドでのみ成立するわけですから、人間らしいものは、できるだけ排除します
──『わたしが正義について語るなら』より

と語っています。つまり、アンパンマンの世界には人間は存在しないのです。
ちなみに、同書には、アニメ化に際してアニメで描くのが格段に楽になるし、人形化するときにも造形を作りやすいという理由で、アンパンマンに登場するキャラクターたちの手は指のない“げんこつ”になったとも書かれています。

【トリビア6】アンパンマンは、自分からは食べ物を食べない

アンパンマンのアニメを見ていて、アンパンマンが食事をするシーンを見たことがある……という方はどれくらいいるでしょうか。食事シーンがあるのは、非常に“レア”な回。アンパンマンは、ほかのキャラクターからケーキをプレゼントされたときなど特別なケースを除けば、自分からは食事をしない存在として描かれているのです。
やなせたかしはその理由について、

頭の中のあんこをエネルギー源にするため、食事の必要がない
──『アンパンマン大研究』より

と語っています。

また、アンパンマンは食事をしないだけでなく、決して“泣かない”、そして“怖がっている姿を見せない”キャラクターでもあります。これは、ヒーローの役を担うべきキャラクターは、ちっとも強くはない普通の人であっても、弱い者が困っているときには強がるような存在だというやなせたかしの考えが反映されたものだと言います。

おわりに

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今回ご紹介したアンパンマンをめぐる6つのトリビア、中には驚くようなものもあったのではないでしょうか。
やなせたかしは、アンパンマンが大ヒットした40代以降、作曲や雑誌の創刊、歌手デビューなど、さまざまな活動を精力的におこないました。晩年には、こんな言葉を遺しています。

人生の楽しみの中で最大最高のものは、やはり人を喜ばせることでしょう。すべての芸術、すべての文化は人を喜ばせたいということが原点で、喜ばせごっこをしながら原則的には愛別離苦、さよならだけの寂しげな人生をごまかしながら生きているんですね。
ぼくの本を読む人、テレビを見たりコンサートに来る人には、心の底から楽しんでほしい。
──『わたしが正義について語るなら』より

アンパンマンはあくまで、現実世界とは違うファンタジーの世界の住人。しかし、やなせたかしが言うところの“喜ばせごっこ”であるこの作品は、時を超えてさまざまな子どもたちや大人たちを癒やし、勇気づけ続けています。

これまでアニメのアンパンマンしか見たことがなかったという方も、やなせたかしの書籍を通してその哲学に触れると、より深くアンパンマンの物語を味わうことができるはずです。

初出:P+D MAGAZINE(2019/03/04)

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