ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第109回
某作家と対談をすることに。
俺より売れてる奴とは
口をききたくなかったのに……。
相手がノリ気になってくれているのに断るというのは、さすがに申し訳なくて不可能である。
この件は「魚類だらけの陸上大会!」みたいな企画を出した担当が一番悪いが、そこから5億馬身ほど離されて、断るならすぐに断らなかった自分が悪かったと言えなくもない。
やはり「断る時ほど迅速に」なのである。
自分が断れば相手は「他を当たる」だけなのだ。
「自分が断ったら相手に迷惑かもしれない」という発想自体が、自分をオンリーワンかつナンバーワンと思い込んだ奢りである。
確かに俺という花は世界に一つしかないかもしれない。むしろ複数あっても困る。しかし俺より良い仕事をする上に返事も早い花は何億本もあるのだ。
だが、他を当たりたくても、最初に当たってしまった犬の便所に生えてる雑草が返事を出し渋っていると他に当たることもできないのである。
そもそも「俺にやってほしくて決め打ちで声をかけている」という発想自体スイートだ。
仕事依頼の返事を先延ばしにしてから「やります」といったところで「すみません。先生で決まってしまいました」と返ってくる場合も少なくない。
うすらぼんやりしている内に仕事を逃したばかりか「自分以外にもいろいろ当たっていた」という事実だけが判明する一挙両損だが、これも早く返事しなかった方が悪い。
だったらいっそこの企画も、他を当たってもらって、私の本の販促対談を他人×他人がやるという形でも良かったのだが、さすがにそんなうま味成分ゼロの仕事を当てられる作家はいなかったようだ。
そんなわけで、拒否権もなく対談をすることになってしまったが、結果から言うと楽しかった。
大体私は偏見と被害妄想によるやらず嫌いなので、やってみたら面白かったというケースの方が大半である。
そもそも「私の想像よりひどい人間」というのはすでに事案なため、なかなか娑婆ではお目にかかれない。
特に良かったのは、相手の作家さんもすごく悩みながら苦労してやっている、ということが具体的にわかった点である。
そんなことは当たり前なのだが、私が一日62時間見ている Twitter に流れてくる情報というのはイーロンに魂と年間1万円を捧げていない限り140字しかないのだ。
よって目に入るのは「100万部」や「アニメ化」そして、万単位のRTやいいねだけ、という濃縮還元サクセス成分のみなのである。