ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第116回

「ハクマン」第116回
漫画アプリの全話無料公開。
いま思えばただの
「全部俺のおごり」ではないか。


しかも「まだ単行本になっていない部分」も公開していたため、この無料公開のおかげで秋に発売する単行本の売上が下がる可能性すらワンチャンある。

もしかして、あれはすでに売れていて余裕がある作品や完結済み作品が行う「感謝の大盤振る舞い」であり、全てを憎んでいる人間がやることではなかったのかもしれない。

作家というのは多くの場合個人事業主であり、あらゆる社会保障を捨てる代わりに自由、そして決定権を与えられている。
もちろん「連載続行の決定権」などは与えられていないが「連載をやめる決定権」や「仕事を断る決定権」など、失う決定権は完備されている。
無料公開も嫌なら断る権利が作家にはある。

しかし、決定権があっても、ろくに説明を聞かず、考えもせず決定権だけを行使していたら、後で後悔することになる。

利用規約を全く読まずに「利用規約に同意します」を押し、次に出てくる「プライバシーポリシー」に「いいから早くサービスを使わせろよ」と憤っているタイプは、個人事業主には向いていないのではないかと思う。

各所で行われる派手な無料公開に対し「こんなにタダで見せちゃって大丈夫なのか?」と心配する心優しい読者もいるだろう。

多くの場合はタダ以上の利益を目論んでおり、稀に利益関係なく「楽しんでほしい」というサービス精神と漢気のみで公開されているものなので、気兼ねなくたくさんの人間に読んでもらった方がありがたいのである。

だがごく稀に、何の利益があるのか不明かつ、漢気もなく無料公開されている作品もある、ということも覚えておいてほしい。

「ハクマン」第116回

(つづく)
次回更新予定日 2023-10-10

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

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