ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第116回

「ハクマン」第116回
漫画アプリの全話無料公開。
いま思えばただの
「全部俺のおごり」ではないか。


大体ここでキッチンタイマーが鳴り「延長しますか?」と聞かれ、ポケットを探ったあと両人差し指でバッテンを作って解散になるのだが、今日はレンタル若人が帰ったあとも勝手に話す。

だが最近、急に芳しい作品を含め漫画がまた読めるようになった、という話を前回した。

理由はさっぱりわからないのだが「十数年患ったビョウが快方に向かっている」と解釈している。
ただ、アルコール依存症などに「完治」がないのと同じで、一時的に病状ヤマイジョウが良くなっているだけであり、またスリップする可能性は高いのだが、せっかくなので読める内に色々読んでおこうと思う。

ちなみに現在、S学館の漫画アプリで人気バトル漫画「ケンガンアシュラ」が全話無料公開されているので、これは期間内に一気読みをするしかありませんぞ、と思っているところにこの原稿の催促がきた。さすが同じS学館、Sが過ぎる。
もちろんS(サディズム)ではなくS(シット)の方である。

読者には「金を出して買ってくれ」とお願いしておきながら自分は無料を食い荒らすという、今生きているのが不思議なぐらいの恥をさらしているのだが、当然無料分を読んだあと続きが気になりすぎて課金してしまっているので安心してほしい。

このように「無料後悔」というのはやはり強い。

タダに興奮して集まってきた人間も「ここからは有料」と言われたら、大半が急に「明日も9時から仕事だぜ」という顔に戻って帰っていく。
しかし、一定数は私のように「無職に明日の予定を聞くのか?」といって課金の壁を越え、気づいたら全巻揃えている奴が現れるのだ。
むしろ、こうやって己の欲望に忠実な戦士だけが「無職」という称号を得られるのかもしれない。

現在は漫画の数が多すぎるので、まず読んでもらうきっかけを作るのに、無料という撒き餌は不可欠になりつつある。

私も最近それを期待して上記のS学館漫画アプリで、自作品の無料公開キャンペーンを承諾したのだが、その際行われたのは「ここからは有料で」という一部無料ではなく「全話無料公開」であった。

つまり、今冷静に考えるとあれは「撒き餌」ではなく、「全部俺のおごり」をやっただけだったのではないだろうか。

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

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