ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第96回

ハクマン第96回
新しく導入したPCが
青く光っている。
特に意味はないらしい。

前回部屋にG(ゴリラ)が出現したことにより、部屋の掃除が急務となり、そのどさくさで古いPCを搬出し、新しいPCの導入に成功した。

名作ギャグマンガ「稲中卓球部」に寝ている女のパンツを起こさないように脱がせる「パンツ職人」というのが登場したことがある。
手練れのパンツ職人にとって相手の「寝返り」はピンチではなく様々な摩擦に乗じて一気に脱がせる千載一遇のチャンスなのだそうだ。

それと同じようにGが出るというピンチに合わせてパソコンの入れ替えに成功した私も一流の汚部屋職人と言えるだろう。
むしろそれがなかったら、今も新しいPCは段ボールのまま他の部屋のスペースを殺し続け、またしても夫からの不興を買っていただろう。

しかし今回スピーディだったのはPCの入れ替え作業だけではない。
「購入」もいつになく迅速であった。

私が新しいPC類を買うのは大体家にあるマシンがほぼ使えなくなってからである。
つまり、虫歯になってから歯を磨いたり、死んでから病院に「今日やってますか?」と聞いているようなものなのだが、今回はメインで使っているアイパッドが元気なうちに予備機として購入することができた。

何故そんな小学生にして薬剤師を目指す子供のように計画的なことができたかというと「他人」が絡んでいたからである。

先日 Twitter で「デッドライン症候群」という言葉を見かけた。
デッドライン症候群とは「締め切り」がないと動けない人間のことを指すそうだ。

こちらに言わせれば締め切りもないのにやりたくないことをやれる方が何らかのビョウな気がするが、確かに私が原稿を描くのも締め切りが存在するからだ。

しかし締め切りさえ決めればやるというわけではない。
仮に今「今週までに部屋を片付ける」と締め切りを決めたところでやるわけがないのだ。

締め切りだけでは人は動かない。人を動かすのは締め切りを破ることによって起こる不利益である。

締め切りを破ることによって起こる不利益とは、まず「自分のマイナス」だ。
漫画家は原稿を描かなければ収入が得られない。もし締め切りを破って原稿を落とすことになったらその月が無収入になるおそれがある。
それは困るから嫌でも締め切りを守るのだ。

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

真山 仁『タングル』
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