ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第95回

ハクマン第95回
ついに。
部屋に○が現れた。

漫画家になって十数年、他の作家と交流することはほとんどなかったが、Twitter のボイスチャット機能に依存するようになってから、漫画家と話す機会が増えた。

そこでわかったのは「漫画家は9割心療内科に行っている」ということだが、スタンド使い同士が惹かれあうように、たまたまそういう作家が集まってしまっただけだろう。
「家にトレーニングルームを作った漫画家」しか集わない部屋もどこかにあるはずだ。

その次にわかったのは「フルアナログで原稿を描いている作家はもうほとんどいない」ということだ。
しかしフルデジタル作家ばかりかというとそうでもなく、ペン入れまではアナログで行い、仕上げはデジタルで行う作家が多いという印象だ。

確かにアイパッドや液晶タブレットの画面はツルツルしているので、突然家をフローリングにされた犬のように滑ってしまうことがあり、紙じゃないと思うように描けないという作家も多い気がする

ただ私は未だかつて思うように描けたことが一度もないので、利便性を重視してフルデジタルにしている。

そんなフルデジタル者にとって脅威なのは停電とマシントラブルだ。

停電であれば、滅多にしない草むしりで嫁が植えたシソ全部抜くおじさんのようにうっかり電柱を抜いたというのでなければ、こちらの過失ではない。
むしろ停電という災害に遭っている相手に仕事をしろというのはパワハラである。電気が復旧したら原稿より先に編集の横暴を Twitter に告発してやらなければならない。

しかし、マシントラブルはこちらの過失と言えなくもない。
パソコンというのは「何もしてないのに壊れた」率が以上に高い電子機器である。年配の方ほどそう言うので間違いない。人生のパイセンが言うことなら正しいに決まっている。

つまりマシントラブルも天災みたいなものなのだが、病院が災害による停電で医療機器が止まったので患者の命はあきらめる、ということはあまりなく、大体予備電源を用意していたりする。

つまり有事に備えて予備を置いておくのは仕事場として当然であり、それをしていないのは怠慢ということだ。

去年末からまさにその状態であり、デスクトップパソコンが壊れかけたため、アイパッドを急遽購入し、その一台のみで仕事をしてきた。

つまりこのアイパッドが「自分は明日からまな板としてやっていくっす!」と言い出したら終わりということだ。

やはりいざというときのために予備機は必要である。
だが前にも書いたが、新しいパソコンを導入するには古いパソコンを部屋から運び出し、処分しなければいけないのだ。

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

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◎編集者コラム◎ 『バタフライ・エフェクト T県警警務部事件課』松嶋智左