『夫のちんぽが入らない』著者・こだまインタビュー。「もう、くだらない本ですがと言いたくない」

2017年1月の書籍化直後、大反響を呼んだ私小説『夫のちんぽが入らない』。発表から半年経って、著者のこだまさんのもとにはどんな反響や感想が寄せられ、また、ご自身にはどんな変化があったのでしょうか。主婦/ブロガーである著者、こだまさんにお聞きしました。

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出典:http://amzn.asia/eUlhd84

いきなりだが、夫のちんぽが入らない。本気で言っている。交際期間も含めて二十年、この「ちんぽが入らない」問題は、私たちをじわじわと苦しめてきた。周囲の人間に話したことはない。こんなこと軽々しく言えやしない。

――こんな衝撃的な書き出しの私小説、『夫のちんぽが入らない』が書籍として発売されたのが2017年1月。

書籍化から半年あまりが経った今、著者である主婦・ブロガーのこだまさんの元にはどんな反響が寄せられ、ご自身にはどんな心境の変化があったのでしょうか。『夫のちんぽが入らない』の内容を振り返りつつ、こだまさんのこれまでとこれからにまつわる特別インタビューをお届けします。

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(撮影/スギゾー)

こだまさん
主婦。2014年、同人誌即売会「文学フリマ」に参加し、『なし水』に寄稿した短編「夫のちんぽが入らない」が大きな話題となる。2015年、同じく「文学フリマ」で領布したブログ本『塩で揉む』は異例の大行列を生んだ。2017年1月、『なし水』に寄稿したエッセイを大幅に加筆修正した私小説『夫のちんぽが入らない』でデビュー。

 

子供のころから自己肯定感というものがなかった

私たちは性交で繋がったり、子を産み育てたり、世の中の夫婦がふつうにできていることが叶わない。

『夫のちんぽが入らない』p.163より

物語は、大学に進学したこだまさんが、のちに夫となる青年に学生向けのアパートで出会うところから始まります。幼いころからいつでも周囲に気を遣う子供だったこだまさんが、初日から他人の部屋に平気で入り込んでくるような、自然体の夫に惹かれるのは当然のことでした。

しかし、やがて交際するようになったふたりの前に立ちはだかったのが、“入らない”という問題。こだまさんと夫は何度試しても、最後まで性交をすることができませんでした。夫婦ともに教師として就職し、結婚しても、原因が分からないまま“入らない”生活は続きます。

担当するクラスの学級崩壊、“入らない”夫との生活のすれ違い――。こだまさんの生活には次々と試練が降りかかりますが、彼女はそれを他人のせいにせず、自分ばかりを責めてしまいます。

「私は子供のころから自己肯定感というものがなく、相手が何をしてもその原因は私にあると考えていました。もっと頑張らなきゃと奮起し、それを『前向き』だと思っていました。私が変われば状況がよくなる。だからどれほどひどい状態に陥っても、心はそれほど折れていなかった」(こだまさん)

やがて過度なストレスから死を意識するようになり、ネット上で出会った男性たちと性的関係を持つようになるこだまさん。夫以外の人であれば“入る”という事実が、いっそうこだまさんを苦しめました。

「完全に心が駄目になって、無理をしていたことに気づきました。自分の偏った考え方が物事を悪くしていったのだとわかり、この数年で少しずつ言いたいことを言えるようになってきたと思います」(こだまさん)

隣り合って根を張る老木のように朽ちていければ幸せだ

“入らない”問題に苦しめられる一方で、夫は常にこだまさんにとってかけがえのない存在であり続けました。

「私たちは“入らない”けれど、それ以外は気が合っていた。お互いほぼ人付き合いがなく、一緒に行動するのが当たり前になっていたので、男女の仲ではなく、兄妹や友人のような関係だったと思います」(こだまさん)

作中に、「チーズフォンデュを食べたことがないと言ったら職場で馬鹿にされた」と肩を落とす夫に対して、どうにかチーズフォンデュを食べさせてやろう、と奮闘するエピソードがあります。

仕事の忙しさにかまけてチーズフォンデュを一度も食べさせてあげなかったことを悔いた。私は夫の望むことをすべて経験させてやりたい。
「おとなしく待ってな」
いてもたってもいられず家を飛び出し、ホームセンターでフォンデュ鍋を購入した。続いてチーズ、バゲット、ウインナー、ブロッコリーなど思いつく限りの食材を買い込んだ。すぐに食べさせよう。今夜すぐに。

『夫のちんぽが入らない』p.73より

そんな夫は、こだまさんのことをこんな風に表現します。

「僕はこんな心の純粋な人、見たことがないですよ」

『夫のちんぽが入らない』p.160より

夫婦が出会いから20年の時を経て選んだのは、セックスをせず、子供も産もうとしない生活でした。「性のにおいのしない暮らしに、ようやく自分の居場所を見つけたような気がした」(『夫のちんぽが入らない』p.175より)という言葉のとおり、こだまさんは夫と触れ合わずにひとつ屋根の下で暮らしていくという選択をすることで、“入らない”呪いから解放されたのです。

ひとつの家で、男でも女でもない関係として暮らす。他人からは異常に見えるかもしれないけれど、私たちは隣り合って根を張る老木のように朽ちていければ幸せだ。

『夫のちんぽが入らない』あとがきより

「こんな夫婦は嫌だ」と思われても構わない

『夫のちんぽが入らない』の書籍化から半年。『「Amazonレビュー地獄ですね」は「いいお天気ですね」くらい馴染みの挨拶になりました』こだまさんtwitterより)と語るこだまさんの元には、実にさまざまな反響が寄せられたそう。

「“入らない”カップル、子供のいない夫婦、同性愛者の方、人とうまく関われない方から『自分の境遇と重ねながら読んだ』と言われ、書いた意味があったのかもしれないと思えました。私もすごく励まされた。

とある方が書評に『文学の課題は、その時代の最先端の切実なテーマを社会の表面に押し出すこと。それが解決や答えになっている必要はない。隠されているものをあえて露出させることが大事』と書いてくださり、目の前が拓けました。『世の中にはいろんな事情を抱えた夫婦がいるんだな』と知ってもらえるだけでいいし、『こんな夫婦は嫌だ』と思われても構わない。賛否両論ありましたが、夫婦関係や生き方について、それぞれの立場からたくさんの意見をもらえたことはよかったと思います」(こだまさん)

それらの反響を受けて、こだまさん自身の中でも変化はあったのか? ――そう尋ねると、こんな力強い言葉が返ってきました。

「何を言ってもいいし、世間一般とズレていてもいい。まわりの声に囚われたり、自分の手で可能性を潰したりしないで、私たち夫婦の形で生きていきたい。そう思えるようになりました。

この本についても同じです。一緒に一から作り上げてくれた担当編集さん、地道に全国の書店に呼びかけてくれた販売担当さん、書店員さんからの熱い応援など、読者の手に渡るまで本当に多くの支えをいただきました。普段なら『くだらない本ですが』と卑屈に紹介しがちですが、今回はそういうことを言いたくない。世間からどのように思われても後悔ありません」(こだまさん)

いつも「これが最後になるかも」と覚悟して書いている

デビュー作の発表からひと月後、こだまさんは自身のブログの中で、「『バリバリ書くぞ』でも『もうやめたい』でもなく、もっと文章がうまくなりたい、もっとちゃんと描けるようになりたいと思っている」と綴っています。これからも書き続けたいというこだまさんに、今後の執筆の予定についてお聞きすると、

「商業誌に連載中のエッセイを本にまとめる話が進んでおり、いま必死に加筆修正しているところです。大きなテーマよりも、身近な人や出来事、そしてそこから垣間見える世界や生き方に惹かれるので、これからも実体験を元にした話を中心に書いていきたいです」(こだまさん)

とのこと。
執筆活動をしていることを、夫や家族に一切打ち明けていないこだまさん。「私が床に臥し、もう限界だというとき、この本を家族に差し出そうと思っている」と「あとがき」で書いていた彼女ですが、今はそれについては少し迷っているようです。

「本を書き上げたときは『死ぬ間際に渡したい』と思っていたのですが、それも迷惑だろうし、この先も迷い、考え続けると思います。
家族や夫に『もう書くのをやめろ』と明日とつぜん言われるかもしれない。だから、短いコラムでも『これが最後になるかも』という覚悟と緊張感を持って慎重に書いています」(こだまさん)

終わりなんかじゃなくて始まりだった

『夫のちんぽが入らない』は、2014年、『なし水』という同人誌上に発表されたこだまさんのエッセイが元になっています。
『なし水』の発表直後、同エッセイに感銘を受けたバンド・ceroが、「私たちが本当は血の繋がった兄妹で、間違いを起こさないように神様が細工したとしか思えないのです」(『夫のちんぽが入らない』p.194より)というフレーズを元に、「Orphans」という曲を制作しました。

こだまさんはある大雪の日に、ラジオから流れるその曲を、夫と車の中で聴くことになります。

「これは誰の曲」という質問も「良い曲だね」もない。車の中にはやさしい音色と高城さんの声だけが流れていた。じっと耳を傾けているのか、それとも耳をすり抜けていたのかわからないが、魔法のような出来事は何も起こらなかった。そんなものかもしれない。ただ雪が降っていた。私だけが胸いっぱいになっていた。この曲、あなたも関係しているのよ。油断したら思わず言ってしまいそうで、ワイパーを最速にして気持ちを誤魔化した。

ユリイカ 2017年8月号『「別の世界」を漂う者たち』より

自身のエッセイが元になった楽曲の発表や、商業誌でのデビュー。次々と起きる夢のような出来事を前に、一度は「もうここで終わっていい、人生の最終回でいい」と思ったというこだまさん。
それでも、同エッセイの書籍化を経た今、彼女は自分の気持ちをこんな風に綴っています。

終わりなんかじゃなくて始まりだった。

ユリイカ 2017年8月号『「別の世界」を漂う者たち』より

自分を無価値だと思わないで生きられるようになりたい。その変わろうとする過程にようやく今いるのだと思う。

ブログ『塩で揉む』より

「自己肯定感というものがなかった」過去を経て、ようやく今、人としても作家としても「始まり」に立ったこだまさん。こだまさんがこれから、新しく広がる世界をどんな言葉で綴ってくれるのか、ずっと注目し続けたいと思います。

初出:P+D MAGAZINE(2018/06/20)

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