『私はスカーレット』 連載開始記念特集 林真理子 × 龍真咲 スペシャル対談
『風と共に去りぬ』は私たちのバイブル
愛を求め、すべてを失い、それでもたくましく立ち上がる『風と共に去りぬ』には時代を超えて読者を引きつける、圧倒的な魅力があります。
世界中でベストセラーとなった長編小説『風と共に去りぬ』を、林真理子さんが現代の読者に向けてリメイクした『私はスカーレット』。「きらら」6月号からの連載開始を記念して、宝塚歌劇団の元男役トップであり、スカーレット役を演じた経験も持つ龍真咲さんと林さんが、個性的な美貌と嵐のような激しい気性を持つヒロインの魅力、作品の世界観について語り合いました。
宝塚入団のきっかけは『風と共に去りぬ』
──『私はスカーレット』第1話をお読みになられての龍さんの感想はいかがでしたか。
龍……もうすごく面白かったです。1話目からとてもワクワクさせられて。自分も宝塚にいたときに『風と共に去りぬ』のスカーレット役を演じさせていただいたのですが、当時のことを鮮やかに思い出しました。あの頃にこの作品を読めていたら、役作りがもっと楽だったかもしれません(笑)。
林……ありがとうございます。龍さんはスカーレットをおやりになったのは、月組のトップスターになってから?
龍……はい。トップになって2年目、2014年の公演が最初で、その翌年にも上演させていただきました。実は私が宝塚に入ろうと思ったきっかけも、『風と共に去りぬ』だったんです。
林……えっ! どなたの舞台をご覧になって?
龍……小学生のときに、母に連れられて観に行った初めての宝塚の舞台が『風と共に去りぬ』だったんです。天海祐希さんがレット・バトラー役を演じられていて。そのたった一度の観劇で、宝塚歌劇という素晴らしい世界に魅了されてしまったんですね。行きの電車では「宝塚ってなに?」という感じだったのが、帰りの電車では「私、宝塚に入る!」と決意していました。
林……入ろうと思って入れる場所ではないのに、あの倍率をくぐり抜けて合格して、しかもトップにまで上り詰めたなんて。もうそれだけで素晴らしい。当時のスカーレット役はどなたが?
龍……私が観た舞台では真琴つばささんと麻乃佳世さんでした。でも役替りで複数のキャストがいたそうです。
林……キャストが替わると、やっぱり演出も変わってくるんですか?
龍……おっしゃる通りです。宝塚の『風と共に去りぬ』は、スカーレットの目線で展開するバージョン、レットの目線に立ったバージョン、それから両方の視点から物語が描かれる3パターンがあって、それぞれに応じて演出の楽曲内容もだいぶ変わってくるんです。ですから、ひとつの作品としてもすごく奥が深いんですね。宝塚の代表作ともいえる存在なので、演じることが決まったときは本当に嬉しかったです。
女に嫌われる悪女の圧倒的魅力
林……龍さんはスカーレット役を演じるにあたって、ヴィヴィアン・リー主演の映画版もご覧になりました?
龍……はい。何度も何度も観てから舞台に臨みました。本番前に楽屋でお化粧をしているあいだもずっとDVDで映画を流していましたね。もちろん原作の小説も読みました。
林……さすがですね。『風と共に去りぬ』って私たちの年代だとバイブルのような存在なんですよ。今の50代くらいの人たちは、みんなが大好きで憧れていた作品。ただ、最近の若い人はどうも読んでいないらしくて。小説はどうでした?
龍……小説を読んだおかげで、さらに登場人物の感情がグッと自分の中に入ってきましたね。演じる側としては、台本に載っているセリフの奥にどんな心情があるのか、そこを一番知りたいんです。そういう意味で、原作の小説はとても役作りの参考になりました。
林……私は初めて『風と共に去りぬ』を読んだのが中学2年生のとき。世界文学全集で読んで、その後は映画館のリバイバル上映で観て、もう本当に刺さっちゃったんですね。『こんなにも素晴らしい世界があるのか!』って。
──当時はどんなところが印象的でしたか。
林……やっぱりスカーレットというヒロインが圧倒的に魅力的ですよね。女性からはちょっと嫌われるかもしれないけど、それも含めて最高にいいキャラクター。実の妹たちからも嫌われているヒロインって、なかなかいないでしょう(笑)。彼女を愛するレット・バトラーも素敵。それ以外にも小説の元素みたいなものがいっぱい詰まっている作品なので、何度読み返しても面白い。マーガレット・ミッチェルはよくもこんなすごい女性を創造したな、って感心してしまいます。
真のいい男は大胆? それとも優柔不断?
龍……同感です。もしもスカーレットが現実にいたら、男性はきっとみんな彼女を好きになってしまいますよね。私は宝塚の舞台でスカーレット役を演じさせていただく過程で、彼女は女というものの真髄、すべての塊なんじゃないかな、ということをすごく感じたんですね。欲しいものは何としても手に入れようとするし、失ったものもどうにかして取り戻そうとする。誰かを熱烈に愛しているようでいて、本当は自分しか見ていない。一方で、スカーレット以外の登場人物もそれぞれに魅力的です。
林……主要なキャラクターには対照的な性格が与えられているんですよね。スカーレットとメラニー、バトラーとアシュレという、まったく個性の異なる男女2組が登場するんですが、アグレッシブなスカーレットとおしとやかなメラニー、大胆不敵なバトラーと物静かで優しいアシュレというように、2人をあわせると完璧な理想の女/男像になる。でも読み進めていくと、実はメラニーも相当強い女性ですよね。
龍……彼女は強いと思います。でも初めて読んだときはなんか嫌な女だなって思ってましたね。お利口すぎて、でもすべてお見通しのようでもあって。
林……私も昔はうざい女だなと思ってましたし、メラニーは善意だけの女性であると解釈する人もいますけど、そうじゃないですよね。いざというときは腹が据わっている。サザン・ベル(南北戦争以前のアメリカ南部における理想の女性像)の象徴的キャラクターだと思います。
──男性陣のキャラクターはいかがでしょう。
林……レット・バトラーは女性にとっての理想像ですよね。私たちの時代の女性は、みんな初恋はレット・バトラーでしたよ。でも歳を取ってくると、アシュレのような優柔不断な男のよさもわかってくる。いい男ってだいたい優柔不断なんですよ。「いい男は引きの強い女に弱い」って渡辺淳一先生もおっしゃってましたから。
龍……そうなんですか(笑)。
林……アシュレは物静かだけど余裕があるでしょう。スカーレットに対しても「ドジな君もかわいいね」みたいに言える余裕。あれは少女漫画界に確実に引き継がれていった理想の男性像のひとつだと思う。現実には絶対にいない男なんだってわかっているんだけど、憧れてしまうのよね。
これまでにない『風と共に去りぬ』 を目指して
──『私はスカーレット』は約150年前のアメリカが舞台の物語であるにもかかわらず、とても身近に感じられます。スカーレットの一人称語りという形式を選ばれた理由は?
林……世界的に知られている古典ですから、やっぱり今までの作品とは全く違う形にしたかったんですね。一人称にすることで、スカーレットの自己内省ができるんじゃないかなと思って。ただ、一人称の小説って、賢くない主人公でも賢くなってしまいがちなんですよね。とくにスカーレットのようなキャラクターが物語ると、「このキャラにこんなに深い自己洞察ができるわけないだろう」と読者に思われてしまう。そうならないような工夫が、これからの課題になるのかな、という気がします。
──確かにスカーレットは内省とはほど遠い人物像です。
林……そう、メラニーの兄と結婚するときなんて、まだ16歳でしょう? まだ思慮の浅い16歳の女の子の心理を一人称で書いていかないといけない。彼女なりの幼稚な論理を先行させないと、キャラクターが分裂してしまいますから。
龍……今のお話をお聞きして思ったんですが、宝塚版の『風と共に去りぬ』もスカーレットの分身が現れる演出があるんです。
林……舞台上に2人のスカーレットが現れるということ?
龍……そうです。スカーレットⅠは表向きのいい子を装っている彼女で、スカーレットⅡは心の内の本音を語る役として後から現れます。彼女の最初の夫が亡くなった直後に出た舞踏会で、本来ならば寡婦は踊ってはいけないんですが、もちろんスカーレットはそんなことは気にせず踊りたい。そのときに「本当は踊りたいくせに」と、もう一人のスカーレットⅡが舞台に現れる、という演出で。
林……なるほど。宝塚の脚本の方もおそらくスカーレットというヒロインをどう表現するか、考え抜かれたんでしょうね。
龍……宝塚の場合は、最後に分身であるスカーレットⅡがいなくなるんですよ。最後の最後に彼女が絶望して、でも立ち直る瞬間に「あなたにもう私は必要ないわ」と消えてしまう。とても面白味があって奥深い役なので、スカーレットⅡはスターが演じることが多いんです。
壁ドンの元祖はレット・バトラーだった?
林……龍さんはそもそも月組男役のトップでしたよね? 『風と共に去りぬ』では、どんないきさつで女役のスカーレットを演じることに?
龍……確かに、宝塚では男役のトップが急に女役を演じることは本来あまりないことなんですね。ただ、この作品に関しては、私はどうしてもレット・バトラーよりもスカーレットを演じてみたかった。もちろん初めて観た舞台だからという理由もありましたが、『風と共に去りぬ』の映画が好きな両親が、私の別の舞台を観に来たときに、「いつかあの子にスカーレットをやってほしい」と客席でぽそっと呟いたことがあったそうなんです。近くにいた人たちに「あの子は男役なんだから絶対できないって」と言われたそうなのですが、その話を聞いてから、何か目に見える形で親孝行したいという思いもあって。
林……じゃあご両親の願いを叶えたんだ。
龍……もうひとつ理由があるんです。『風と共に去りぬ』は『ベルサイユのばら』と並んで、宝塚の二大代表作といっていい作品です。私は宝塚時代、自らのテーマとして「レトロ&クラシック」を掲げていたんです。それが古典でありながらも、現代的な演出や音楽を取り入れる『風と共に去りぬ』という作品の世界観とぴったり重なっていたんですね。新しい手法を用いながらも、宝塚の伝統・真髄を大事にする。自分の演じ方や芸風がスカーレットという役にぴったりマッチする予感もありました。
──『風と共に去りぬ』『ベルサイユのばら』はいずれも初演が1970年代。以来、繰り返し再演されてきた人気演目ですね。 龍……はい。いずれもファンの方々が育ててくださったといっても過言ではない作品だと思います。
林……男女間の愛、戦争や革命、女性の成長が描かれているという点がどちらも共通していますね。
龍……そうですね。そういえば、少し前まで壁ドンとかが流行ってましたけど、その何十年も前の宝塚の初演(77年)で、すでにレット・バトラーは壁ドンをしていたそうです(笑)。
人種差別という暗部は無視できない
林……女性の心をくすぐる要素が満載ですよね。美しいトップスターがモスリンのドレスを着て現れるだけで、もうときめいちゃう。今の若い世代が読んでもすごく面白いだろう、と感じる部分もたくさんあるんですよ。例えば、スカーレットがどんどんビジネスウーマンになっていくところとか。あの時代を舞台にした小説で「金儲けでもなんでもやったるぜ」みたいなヒロインって他にいないでしょう。
龍……あのたくましさ、すごいですよね。
林……小説に出てくる女性といえば、お金持ちの男に養ってもらう奥さんか、愛人くらいしか描かれなかった時代なのに。でもスカーレットは夫そっちのけで起業して、道を切り拓いていく。現代の女性にも通じるものがあると思いますね。『私はスカーレット』では彼女のそういうタフな部分を表現するためにも、時代背景や風俗描写もすっ飛ばさず、しっかり描写するつもりです。南北戦争がアメリカ社会や他国にどんな影響を及ぼしたのか、当時の南部のレディたちがどんな服や下着を身に着けて、何を食べて、どういうお作法があったのか、南部の自然……そういったことも今徹底的に調べているので、ここから丁寧に盛り込んでいきたいですね。それからもうひとつ、黒人差別の小説といわれていることは常に忘れてはいけないと思っています。
──南部貴族であるスカーレットの一家は、黒人奴隷を使役して大農場を経営しています。南部側の視点で描かれているため、奴隷制度を正当化・美化しているという批判の声は今も根強くあると聞きます。
林……もう20年くらい前ですが、国務省の招待で1カ月アメリカを回ったことがあって、そのときに『風と共に去りぬ』の舞台になったアトランタにも行ったんですよ。ちょうどアトランタオリンピックの開催が決まっていた頃で、現地で五輪旗の引き継ぎ式が行われていたんですね。そのときにスカーレットだと一目でわかるような衣装を着た女性が式典に登場したのですが、すごく批判を浴びたんです。アメリカ国内ではやっぱり評価が分かれている作品なんですよ。その事実も無視してはいけないな、と思っています。
原作のラストを改変する可能性も?
龍……きれいなところと汚いところ、両方が混在している一面もまた、『風と共に去りぬ』の素晴らしさだと私は感じています。「戦争だったから」「奴隷制が当たり前の時代だったから」という一言でまとめることもできるかもしれない。でも、故郷のタラの赤い土に込められた意味を理解することができれば、その土を手にしたスカーレットが何をどう感じていたかも、現代の読者にも必ず伝わると思います。この先、連載はどれくらい続くご予定ですか?
林……5年、6年、それとも10年か……どうでしょう。今の時点では全然わからない(笑)。でももしかしたら、原作とは違うラストにしてしまうかもしれません。
──原作のラストはすでに有名ですが、林さんは今読むとどのような感想を抱かれますか。
林……「明日は明日の風が吹く」で終わりだとちょっと素っ気なさすぎる、と私は思っていて。スカーレットだったらあそこで終わらないと思うんですよね。だからもしかすると『私はスカーレット』では原作のラストの先、彼女が最愛の人を取り戻すプロセスまでちゃんと描いていくかもしれません。
龍……小説でしか表現できない世界観もきっとたくさんありますよね。これから毎月少しずつ、スカーレットの物語を読めることを楽しみにしています。大長編なので有名なシーンはたくさんありますけれども、私としては戦地から帰ってきたアシュレが、納屋でスカーレットとふたりになるシーンが大好きなので、あそこはぜひ1話以上分ぐらい使って書いていただけると嬉しいです(笑)。
林……私としては龍さんに宝塚とはまた違うスカーレットをいつか舞台で演じてほしい。帝劇版『風と共に去りぬ』なんてどうですか? そちらも楽しみにしています。
龍 真咲(りゅう・まさき)
大阪府出身。元宝塚歌劇団男役トップスター。100周年記念式典では5組を代表してトップ主演公演を務める。退団後は「L.O.T.C 2017」でCDメジャーデビュー(ビクターエンタテインメント)。東宝ミュージカル『1789〜バスティーユの恋人たち』マリーアントワネット役(Wキャスト)で女優デビュー。同公演は、大阪(新歌舞伎座:6月25日まで)、福岡(博多座:7月3日〜30日)にて上演予定。
林 真理子(はやし・まりこ)
山梨県出身。82年『ルンルンを買っておうちに帰ろう』が大ベストセラーに。86年『最終便に間に合えば』『京都まで』にて直木賞、95年『白蓮れんれん』にて柴田錬三郎賞、98年『みんなの秘密』で吉川英治文学賞ほか、数々の話題作を生み出す。主な著書に『ミカドの淑女』『不機嫌な果実』『anego』『秋の森の奇跡』『野心のすすめ』『我らがパラダイス』『西郷どん!』など。日本経済新聞に『愉楽にて』を連載中。