滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 第1話 25年目の離婚 ②
彼の心労が、ほかの誰よりも身につまされるのはなぜだろう──。
まさかこんなことになろうとは夢にも思っていなかったポールは動揺したけれど、ことばも通じない外国に来たばかりで、傍らには自分の両親もいる。両親は、周りで起こっている騒動に戸惑っている。当惑した両親と浮き立つスジョンの親族やゲストを前にして、ポールの頭の中をいろいろな思いが駆け巡った。
追い込まれたポールは、腹をくくると、両親には「これはスジョンをアメリカに連れて行くための非公式な、形ばかりの式なんだ」と言い聞かせ、自分には「これは韓国内だけのことなんだから」と言い聞かせて、流されるまま、韓国の民族衣装に着替え、韓国式の結婚式に新郎として臨んだのだった。
でも、最初の困惑を過ぎると、まずいことになったという思いがあった半面、とんでもない展開をおもしろがっている心もどこかにあったはずだ。窮地だったはずなのに、そのときの状況を話すときのポールは、ハシバミ色の目が笑っていて、なんだか愉快そうだから。ジョーク好きな彼のことだから、周囲のお祭り気分に染まって、流れに乗ってしまえばけっこう新郎役を楽しんだのではないかと思う。スジョンにしてみれば、親戚一同と二百人のゲストの前で恥をかかされる可能性だってなきにしもあらずだったのに、強硬手段を取ったのは、ポールに状況に流されやすい優柔不断なところがあるのをちゃんと見抜いていたのだろう。
見よう見まねで韓国式の挙式を終え、教会地下での披露宴やレストランでの親族だけの食事会など祝宴一式をすませたあと、ポールは初めて妻の実家を訪れたのだけれど、恥ずかしそうにスジョンが案内した実家にはまともな風呂場もなく、髪を洗うのは洗面台で、家族五人が狭苦しい古屋に肩を寄せ合うようにして住んでいた。披露宴はシンプルなものだったけれど、それでもスジョンの実家にはかなりの負担だったに違いない。しかも、二十八だと思っていたスジョンは、本当は自分よりも一回りも若かった。
「なんでウソをついたんだい」と尋ねると、
「年齢をごまかすなんて、だれでもすることよ」二十のスジョンは屈託なく答えた。
でも、まだ当初は、次から次へと起こる新しい展開に目を回したり、面白がったり、スリルを味わったりするだけでよかった。ポールによれば、スジョンと正式に結婚したわけではなかったのだから。
スジョンの親戚一同と知人たちに祝福されながら、婚約ビザどころか、図らずも新郎新婦として無事移民局を通過してアメリカに渡ったあと、スジョンはポールが買ったばかりの家にしばらく身を寄せることになったのだけれど、シカゴにいるはずの男のところへ行く話は一向に進まず、ポールのところからいつまでたっても出て行こうとしない。韓国においては夫婦の契りを交わしたことだし、ポールはスジョンと関係を持っていて、避妊しているはずのスジョンが身ごもったのを知ったのは、シカゴ行きが頓挫して、スジョンに行き場がなくなったときのことだった。