滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 第1話 25年目の離婚 ②

滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~

よく電話をかけてくる友人の一人、ポール。
彼の心労が、ほかの誰よりも身につまされるのはなぜだろう──。

 そこで、ポールはじっくり考えた。三十を過ぎて、そろそろ身を落ち着けてもいいころだし、それまで付き合っていた女性は気性が激しく、引っ張り回されてばかりいたけれど、スジョンは、芯は頑固なぐらいしっかりしているけれど、感情がまるで表面を流れ落ちていくとでもいった感じの、クールな人だった。会う人もすることもなく、ポールの家でひとり時間を持て余していたスジョンは、家事を小まめにしていてくれて、料理もうまく、妻としてはいい相手ではないかと彼は考えた。

 そもそもが、いくら避妊していると言っていたとはいえ、スジョンが妊娠したのはポールの責任でもあるし、彼は中絶を認めないカトリック教徒でもある。それに、ポールは、スジョンに中絶させた前のドイツ人とも、アメリカまでやって来たスジョンを見捨てたシカゴの男とも違って、身ごもったスジョンを責任を取って引き取るということに使命感みたいなものを感じてもいたらしい。なにしろ、ポールの頭の中には「いい人にならなければならない」プログラムが仕組まれているのだ。ひょんなことから出会って、異国で図らずも結婚式まで挙げることになったスジョンとは、運命の糸で結ばれているのかもしれないとも思ったようだ。

「アメリカに来たいという彼女の夢をかなえる手伝いをするほどには彼女を好いていた。でも、まさか、結婚するほどには愛していなかった」と言うポールが、地元のカトリック教会で挙式をしてきちんと籍を入れ、あのとき同僚がポールを誘わなければ、あのときポールがあの店に行かなければ、あのときスジョンがポールの応対をしなければ、会うこともなかったスジョンと宗教的にも法的にも韓国でもアメリカでも正式に夫婦になったのは、こういういきさつだった。

 

 ハーレクインみたいなラブストーリーとかロマンティック・ファンタジーの映画なら、ここでハッピーエンドで終わるのかもしれない。何度かのどんでん返しがあって、ふたを開けてみれば、やっぱりそこには愛があってめでたく収まる、という筋書き。

 でも、人生はそんなにシンプルでないし、言うまでもないけれど、それからも延々と続く。エキサイティングなシークエンスが終わり、平坦(へいたん)な毎日の連なりが始まると、間もなくポールに現実の重みがのしかかり始めた。スジョンとの歯車が、しっくり嚙(か)み合わないのだ。

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桐江キミコ(きりえ・きみこ)

米国ニューヨーク在住。上智大学卒業後、イエール大学・コロンビア大学の各大学院で学ぶ。著書に、小説集『お月さん』(小学館文庫)、エッセイ集『おしりのまつげ』(リトルモア)などがある。現在は、百年前に北米に移民した親戚と出会ったことから、日系人の本を執筆中。

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