滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 第2話 星に願いを③

滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~--02

ジュリアの彼氏・幸太は、大食漢のゴーストバスター。
仏さまのように器の大きい人物だったが……。

 幸太は、もう、歩くどころか、寝返りを打つことも、しゃべることも、自力で食べることも、できない。体のどこかがかゆくても痛くても、手を伸ばすこともできない。鼻から通したチューブと点滴を通して、生き続けるための栄養をもらっている。

 病院というところは、いったん入ると、次々に新しい病気を併発するところらしい、幸太は、胃潰瘍を起こし、膀胱炎(ぼうこうえん)を起こし、肺炎を起こし、床ずれを起こし、感染症を起こし、とドミノ式で押し寄せるいろいろな困難と闘うことになった。幸太にとって、生存することそのものが、大変な重労働になってしまった。

 気丈なジュリアのことだから、そんな幸太を守るために、彼に投与されるすべての薬をインターネットでとことん調べ、医学を勉強したわけでもないのに、薬の正体に、薬の分量に、いちいち目くじら立てて、医者に食ってかかり、床ずれしていないか、シーツがちゃんと替えられているか、どんなセラピーがいつどういうふうに行われているのか、目を光らせ、看護師やセラピストに注文をつける。その徹底ぶりといったら、窓の桟にほこりがたまっていないかまで調べる。ほこりがあるかないかが、病院の衛生管理と関連しているとジュリアは言う。

 疑心暗鬼の塊になって、ジュリアは、医者と口論したあげくの果てには、医者に「謝ってください」と迫ったりする。おかげでジュリアは病院から嫌われ、「婚姻届も出していないあなたとは話をしない」と宣言された。ジュリアは幸太と10年も同棲(どうせい)していたものの、籍を入れていないから、法的に幸太の責任者になれない。だから、病院側は、ジュリアを通り越して、遠くに住んでいるお姉さんに連絡をするようになった。

 胃に穴を開ける胃ろう手術の承諾を、医者がジュリアを通り越して幸太のお姉さんから得てしまったときは、ジュリアは何とか阻止しようと立ち向かった。遠く離れたところにいて、見舞いにも来ないお姉さんが幸太のことを親身に案じているかどうか疑わしいとジュリアは言う。医者の言うなりになっているのよ。胃に穴を開けたほうが、病院にとっては都合がいいから。いろんな支障が出てくるのよ、胃に穴を開けると。

 躍起になっているジュリアに、病院の看護師長と幸太のお母さんに電話をかけるよう懇願され、幸太よりもジュリアが不憫(ふびん)になって、頼まれた通り電話をかけたこともある。直接関係のない、しかもアメリカに住んでいる第三者がしゃしゃり出て、無理もないけれど、看護師さんには迷惑がられたし、お母さんには驚かれることになった。

 幸太が壊死性筋膜炎を起こしたときも、気がついたジュリアがどんなに声を上げても、病院は彼女の訴えをまともに取らなかった。それまでにあんまりいろんなことで騒いだので、いつものことかと流されたのだろう。幸太はとうとう高熱を出して、夜、救急車で救急病院に運ばれ、壊死した部分を切除して、皮膚を移植する手術をしなければならないはめになった。おかげで、彼の睾丸(こうがん)の1つは足にくっついたままになった、とジュリアは怒った。あんなに彼が感染してるって言ったのに、だれも耳を貸そうとしなかった。もう少しで手遅れになるところだったのよ。

(つづく)
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桐江キミコ(きりえ・きみこ)

米国ニューヨーク在住。上智大学卒業後、イエール大学・コロンビア大学の各大学院で学ぶ。著書に、小説集『お月さん』(小学館文庫)、エッセイ集『おしりのまつげ』(リトルモア)などがある。現在は、百年前に北米に移民した親戚と出会ったことから、日系人の本を執筆中。

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