思い出の味 ◈ 赤松利市

第26回
「連絡船のうどん」
思い出の味 ◈ 赤松利市

 私と同世代で讃岐生まれの方ならタイトルをご覧になっただけで「ああ、あれか」と、私の思い出の味をご推測頂けるだろう。そう、あれなんです。

 昭和六十三年に瀬戸大橋で本州と四国が結ばれるまで、本州から四国へ渡る主な交通手段の一つとして利用されたのが、岡山県玉野市宇野港と香川県高松市高松港を結ぶ宇高航路だった。現在も四国フェリーが運航しているが、以前は国鉄・JRも鉄道連絡船『宇高連絡船』を直営し、宇野駅と高松駅を結んでいた。その連絡船の後部デッキにあったのが立ち食いうどんだ。

 高校を卒業し、進学のために大阪に移り住んだ私は、帰省のつど、連絡船に乗船するやいなや、いそいそと後部デッキへと足を運んだ。瀬戸内海の潮風に吹かれながら、うどんをすすると「帰って来た」という気持ちにさせられた。

 言うまでもないことかもしれないが、香川県はうどん王国だ。何年か前から「うどん県」と自称さえしている。香川県民であれば、自宅や勤務先近くに必ず行きつけのうどん屋が何軒かあるはずだ。

 最近ではうどんチェーン店の展開で、香川県以外でも、セルフサービスのうどん店が普通に見掛けられるが、六十三歳になる私の幼少のころから、香川県ではそれが普通だった。極端なセルフサービスの店では、薬味のネギも、客が裏の畑で収穫するというほどだった。もちろん包丁で細かく切るのもセルフだ。

 お勧めは製麺所が併設するうどん屋で、これに異論を唱える香川県民も皆無だろう。どの街角にも製麺所があり、出来立てのうどんが食べられる。うどんは鮮度が肝だ。命だと言っても過言ではない。

 そのような香川県民にとって、連絡船で食べるうどんのクオリティーは満足できるものではなかったはずだ。作り置きの茹で麺が使われているのだから「こしがない」という不満にも頷ける。それでもうどんの故郷に向かう高揚感で、デッキに足を向けてしまうのだ。連絡船が廃止になった後、高松駅構内に『連絡船うどん』が開店し、今も営業を続けている。往時を懐かしむ人も多いのだろう。

赤松利市(あかまつ・りいち)

1956年香川県生まれ。2018年、「藻屑蟹」で第一回大藪春彦新人賞を受賞。著書に『鯖』『らんちう』『藻屑蟹』『ボダ子』『純子』がある。

〈「STORY BOX」2019年12月号掲載〉
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