スピリチュアル探偵 第10回
探偵史上、忘れられない体験とは?
メディア露出なし、鑑定料わずか3000円の本物感
このエピソードに、思わずゴクリと生唾を飲み込んだ若かりし頃の僕。
もっと早く、引きずってでもその先生のところに連れて行っていれば、惨事を未然に防ぐことができたかもしれない──。聞けば事件の後、Yさんはそう自分を責め、悔やみ続けているのだそう。もちろん、Yさんに非などあろうはずがないのですが。
一方、最初のうちこそ神妙に耳を傾けていた僕ですが……。やはり、どうしても好奇心を抑えることができず。亡くなった方のことを思えば不謹慎かと思いつつも、「その先生、僕にも紹介してもらえませんか?」と言わずにはいられませんでした。
「いいけど、あまりお勧めしないよ?」
「なぜですか?」
「本当に何でもわかってる人だから、一度見てもらうと、もう何も自分で決められなくなっちゃうのよね」
「………!」
Tさんのそんな忠告も、むしろ火に油。聞けば、都内某所に住んでいるその先生は、メディア露出は一切しない方針で、鑑定料はたったの3000円なのだそう。営利に走っていないあたりに本物感がぷんぷん漂います。
果たして、首尾よくTさんの仲介を取り付けた僕は、それから数週間後、ドキドキしながらその先生の自宅を訪ねることになりました。まだグーグルマップなどない時代ゆえ、入り組んだ住宅街で目的の家を見つけるのに難儀しましたが、たどり着いたのは周囲の風景に溶け込んだごく普通の民家です。
インターフォンを鳴らすとすぐに、和装の男性が、「いらっしゃい!」と軽妙な口調で出迎えてくれました。白髪交じりの角刈り頭で、なんだか下町の角打ちで酒を呷っていそうな量産型のおじさんです。いなせな感じが予想と大きく異なりますが、この人が件の先生なのでしょうか。
畳敷きの居間に通され、座布団に正座する僕。とりあえず天気の話題などで自分の緊張をほぐそうと試みましたが、角刈りの先生はあまり雑談にはのってきません。こちらの有り体なトークはすべて、「ええ」とか「まあ」とか「ははは」で適当にあしらわれるばかり。かといって、占いめいたことを始める素振りもなく、一体これは何の時間だろうかと疑問に思い始めた頃、スッと襖が開いて、おもむろにもう1人、初老の男性が部屋に入ってきました。
こちらの男性は和装ではなく、セーターにスラックスというごく普通の装い。角刈り先生よりも少し歳上に見えますが、正直よくわかりません。
男性は「お待たせしました」と小声で言いながら、角刈り先生の隣に腰をおろしました。それと同時に、角刈り先生が「よし、じゃあ始めましょうか」とこちらに向き直ります。
(え、2対1なの……?)
思いも寄らない構図に戸惑いを隠せない僕でしたが、正面に座る角刈り先生は意に介さず、流暢に口を開き始めました。どうやら角刈り先生は、この男性の入室を待っていたようです。
「Tさんのご紹介でしたっけ。彼女、仕事は順調みたいだけど、結婚はまだまだ当分先になりそうだねえ」
そう言って笑う角刈り先生。それは特殊な能力でTさんの将来を見通したのか、それとも単なるハラスメントなのか、今ひとつ掴みきれません。
「あんたのお父さん、借金してるよ」
「あなたもTさんと同じような仕事をされているの?」
「そうですね、似たようなジャンルではあります。僕はライターなので執筆専門ですが」
「文章家ってやつだ。いいよね、風情のある仕事だ」
ライターという仕事をどう解釈したのかわかりませんが、どこまでも口調の軽い角刈り先生。隣の男性は無表情のまま、ひとことも喋りません。というか、僕のほうを見ようともしないので、正直ちょっと不気味です。
「じゃ、まずは生年月日と名前、それから家族構成をここに書いてくれるかな」
角刈り先生はそう言うと、便箋のような紙とボールペンを僕の前に置きました。僕がペンを動かしている間も、角刈り先生は様々な話題を振ってきます。といっても、「お父さんは何の仕事をしているの?」とか、「なんで文章を書こうと思ったの?」とか、他愛のない話ばかりですが。
角刈り先生がぺらぺら喋り続けることおよそ15分。その間、微動だにしない隣の男性が、なんだか物凄く不自然な存在に思えてきました。もしかして、本当はこの場にいるのは僕と角刈り先生だけで、この男性の姿は僕にしか見えていないんじゃ……。
大真面目にそんな考えが頭をよぎった矢先、角刈り先生が隣の男性にヒソヒソッと何かを囁いたので、「よかった、幽霊じゃなかったんだ」とひと安心。そしてここから場の空気が一気に変わります。
「ええとね、あなたのお父さんなんだけど、ご商売あんまりうまくいってないみたいだねえ」
「え、父ですか?」
「うん、実のお父さんだよ。今どんな感じ?」
「以前は商社にいて、今は小さな金融会社の役員に収まっていますけど……」
すると角刈り先生、また傍らの男性とヒソヒソ。そしてこう言いました。
「たぶんお金に困ってるね。借金してるよ。それも、わりと大きな額だ」
「え……」
どう答えていいのかわからず絶句してしまいましたが、考えてみれば家のローンがまだ残っているはずなので、当たっているといえば当たっています。その後も角刈り先生は、間にヒソヒソを挟みながら、次々にいろんな角度から物を言います。
「あなたのおじいちゃんはわりと早くに亡くなっているみたいだけど、あなた自身は健康に恵まれたね。これは親に感謝しないと」
「あなたの一番の武器は"縁"だから。これからもいろんな人が助けてくれると思うけど、それにあぐらをかいてはいけないよ」
「仕事面はしばらく何の問題もない。当面は右肩上がりでやっていけるんじゃないかな」
捲し立てるようにいろいろ言われる中で、2人の役割分担のようなものが少しわかってきました。
おそらく、隣の無口な男性は僕を“視る”ことに徹しているようで、角刈り先生は"引き出す"役目。角刈り先生が何か未来的な予測を口にする前には、必ず2人のヒソヒソがあることから、これは間違いないでしょう。
友清 哲(ともきよ・さとし)
1974年、神奈川県生まれ。フリーライター。近年はルポルタージュを中心に著述を展開中。主な著書に『この場所だけが知っている 消えた日本史の謎』(光文社知恵の森文庫)、『一度は行きたい戦争遺跡』(PHP文庫)、『物語で知る日本酒と酒蔵』『日本クラフトビール紀行』(ともにイースト新書Q)、『作家になる技術』(扶桑社文庫)ほか。