【追悼】まずはここから読みたい、田辺聖子のおすすめ作品5選

2019年6月に亡くなった作家の田辺聖子さん。これから田辺さんの作品を読んでみたいという方のために、芥川賞受賞作から人気の作品、エッセイ集まで、田辺さんのおすすめ作品をご紹介します。

2019年6月6日、作家の田辺聖子さんが91歳で亡くなりました。
芥川賞を始めとする数多くの文学賞を受賞し、恋愛小説や古典作品の現代語訳、軽妙なエッセイなど、実に幅広い分野で活躍された田辺さん。

今回は、これから田辺さんの作品に手を伸ばしてみたいという方に向け、彼女の作品群の中から最初に読むのにおすすめしたい、選りすぐりの5冊をご紹介します。

『ジョゼと虎と魚たち』

ジョゼ
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4041314186/

『ジョゼと虎と魚たち』は、田辺さんが1984年に発表した短編恋愛小説です。2003年に妻夫木聡・池脇千鶴主演で映画化もされた人気作品で、田辺さんの代表作と聞けば、最初に本作を思い出す方も多いのではないでしょうか。

物語の主人公は、恒夫とジョゼという20代の男女。ジョゼは幼いころから足が悪く、車椅子なしでは移動ができないために、外出らしい外出をしたことがありません。大学生のときにひょんなことからジョゼに出会った恒夫は、彼女の高飛車だけれど無垢な性格やその美しさに、しだいに惹かれていきます。

親への紹介も結婚もしないままで、長いあいだふたりきりで暮らし続けているジョゼと恒夫。ふたりの関係は公的なものではないにせよ、ジョゼは恒夫との慎ましくあたたかな日常に日々、幸福を感じています。

本作の白眉は、ジョゼと恒夫が旅行先の海底水族館に行くシーン。ジョゼは、水族館の地下からガラス越しに魚を眺めつつ、その幻想的な光景に“恐怖にちかい陶酔”を感じます。

ここにいると昼か夜かもわからず、海底に二人で取り残されたように思う。ジョゼは恐怖にちかい陶酔をおぼえて、幾めぐりも幾めぐりもした。ついに、しびれを切らした恒夫に叱られて、水族館の切符売り場の女に、フロントのボーイを呼んでもらい、また地上に背負われて上った。

夜ふけ、ジョゼが目をさますと、カーテンを払った窓から月光が射しこんでいて、まるで部屋中が海底洞窟の水族館のようだった。
ジョゼも恒夫も、魚になっていた。
──死んだんやな、とジョゼは思った。

世間から隔絶された世界に住む恋人たちの、どこか退廃的だけれどまっすぐな純愛を描いた本作。読み終えたあと、いつまでも美しい余韻が残り続ける傑作です。

『新源氏物語』

新源氏物語
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4101175144/

田辺さんは生前、古典作品の現代語訳や、それにまつわるエッセイも数多く手がけました。中でも、紫式部による『源氏物語』を現代語訳した『新源氏物語』は、その面白さと読みやすさで若い読者からも支持を受け続けている作品です。

『新源氏物語』は上中下巻の3冊で構成されており、『新源氏物語 上』には『空蝉うつせみ』から『澪標みおつくし』の巻まで、『新源氏物語 中』には『蓬生よもぎう』から『真木柱まきばしら』の巻まで、『新源氏物語 下』には『梅枝うめがえ』から『幻』の巻までが収録されています。

本作の魅力は、わかりやすく美しい言葉遣いが用いられ、原作に忠実でありながらも現代小説として楽しむことができる点と、主人公である光源氏が非常に魅力的な人物として描かれている点。
たとえば、『新源氏物語 上』の冒頭では、

光源氏、光源氏と、世上の人々はことごとしいあだ名をつけ、浮わついた色ごのみの公達、ともてはやすのを、当の源氏自身はあじけないことに思っている。
彼は真実のところ、まめやかでまじめな心持の青年である。
世間ふつうの好色物のように、あちらこちらでありふれた色恋沙汰に日をつぶすようなことはしない。

と、世間から“好色”と呼ばれる光源氏が、実のところは真面目な青年であった──ということを丁寧に綴っています。
政敵に憎まれ都を離れるなど波乱万丈な人生を送りつつも、恋した相手をどこまでもやさしく気遣う田辺訳の光源氏の姿には、これまでの光源氏像が覆されること間違いありません。

『おちくぼ姫』

おちくぼ姫
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4041314232/

『新源氏物語』に続き、『おちくぼ姫』も、田辺さんによる古典の現代語訳作品です。『落窪物語』を原作とする本作は、『新源氏物語』以上に大胆な脚色が施され、エンターテインメント小説としても楽しむことができる1作です。

物語の主人公は、貴族の姫君でありながら意地悪な継母に縫い物ばかりを命じられ、ひとりで落ちくぼんだ部屋に住んでいる通称「おちくぼ」。彼女が貴公子である右近の少将に見初められて恋に落ち、ふたりが結ばれるまでが描かれます。

原作の『落窪物語』は巻4まで存在しますが、本作に収録されているのは巻3の中ほどまでです。田辺さんはその理由をあとがきの中で、

このあとのお話は、急につまらなくなります。わたしはあとをはしょって、物語のいちばんおいしいところを、わたしなりに味つけして書きました。

と綴っています。原作では存在感の薄い登場人物が茶目っ気のあるキャラクターとして描かれるなど、田辺さんによる改変がいたるところに見られる本作。だからこそ、古典作品は敷居が高いと苦手意識を持っている方には、最初におすすめしたい1冊です。

『感傷旅行(センチメンタル・ジャーニイ)』

感傷旅行
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/459110835X/

『感傷旅行』は、1964年に第50回芥川賞を受賞した、田辺さんによる短編恋愛小説です。本作は、有以子という奔放な女性の男友達であるヒロシの視点から、共産党員の青年に思いを寄せる有以子の姿を描いています。

本作の魅力のひとつは、ヒロシが話すカラッとした大阪弁と、有以子が話す標準語の対比です。まったく違う口調でありながらそれぞれに美しいリズムがあり、読んでいるうちに、ヒロシの独白やふたりの会話にどんどん引き込まれてしまいます。

そしてそれ以上に魅力的なのが、有以子という女性のキャラクター。何人もの男性を渡り歩いては失恋、を繰り返している有以子ですが、ヒロシの視点を通して彼女を見ると、有以子がとてつもなくチャーミングで愛くるしい女性に感じられます。

「バカ、ヒロシのバカ、抜けさくのおたんこなす!」
と、彼女はののしって、電話の奥で、あかるい三月の雨がガラスの天窓に当たるような笑い声をたてた。(彼女はずいぶん育ちもわるくなく、美しい声と優雅な挙措をもつ女だったが、そういう罵詈のヴォキャブラリーもなかなか豊富だった。それが彼女のクワセモノらしい点の一つだった。もっとも、それはぼくとふたりきりのときにかぎり、ということは、ぼくには気を許しているというせいより、ぼくをナメきっているせいであろう)

本作では終始、()を多用した独特な文体を通して、主人公が有以子や彼女の周りのできごとに対して抱いた素直な気持ちがストレートに伝わってきます。芥川賞受賞作という硬派なイメージをよい意味で裏切るような、読みやすくキャッチーで切ない1作です。

『人生は、だましだまし』

人生は
出典:https://www.amazon.co.jp/dp/404131433X/

最後にご紹介するのは、田辺さんが2003年に発表したエッセイ集『人生は、だましだまし』です。本書は、エッセイ仕立ての文章の中でさまざまな考察をおこないつつ、その中からアフォリズム(金言)を導き出すという構成です。
アフォリズムだけを抜き出してみても、

一緒に笑うことが恋のはじまりなら、弁解は、恋の終りの暗示である

夫婦の間では、<われにかえる>ということは、見合わせたほうがよい

下品な人が下品な服装、行動をとるのは、これは正しい選択であって下品ではない。しかし下品な人が、身にそぐわない上品なものをつけているのは下品である。また、上品な人が、その上品さを自分で知っているのは下品である。反対に、下品な人が、自分の下品さに気付いていることは上品である

など、日常の中で何度でも思い出してしまうような、ユーモラスでありながら重みのある言葉が並びます。
中でも秀逸なのが、“ほな”を“人生でいちばんいい言葉”“そやね”を“究極の言葉”としているところ。田辺さんは、人や物事にいつでも軽く別れを告げることのできる“ほな”という言葉、そして、誰のどんな話題にも相づちを打てる“そやね”という言葉を愛しているといいます。

あっけらかんとした大阪弁で綴られる人生哲学の端々に見え隠れするのは、人生のさまざまな苦難を乗り越えた作家ならではの“妥協”です。タイトルにもあるよう、だましだましで人生を乗り切ればいいんだよと背中を押してくれるような、肩の力を抜いてくれるエッセイ集です。

おわりに

恋愛小説からエッセイまで、幅広い作風で読者を魅了し続けた田辺聖子さん。すべての作品に共通しているのは、読みやすくやわらかな言葉遣いと、人間へのあたたかな眼差しです。

これまで田辺さんの作品を読んだことがなかったという方はもちろん、古典作品やエッセイなど、田辺さんの作品の一面しか知らなかったという方も、いまこそぜひ彼女の作品のページを開いてみてはいかがでしょうか。

初出:P+D MAGAZINE(2019/07/04)

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