辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第10回「1歳9か月児の試練」

辻堂ホームズ子育て事件簿
第2子出産から1ヶ月。
裏では、1歳9か月の娘が
がんばっていた。

 2021年12月×日

「あー、新生児って尊い!」

 出産から1か月弱、毎日のようにこの台詞を言っている気がする。無力で弱々しくて、自分の意思などなくて、ただ本能に導かれて生きているさまは、なんとも愛おしい。新生児期。たった28日間のこの特別な時期がもうすぐ終わってしまうと思うと、寂しさが募る。

 第1子の娘のときは、とてもそういうふうには思えなかった。新生児以外の赤ちゃんのことはまだ知らなかったし、慣れない育児をこなすだけで日々精一杯だったからだ。もちろん赤ちゃんはとても可愛いのだけれど、早くもう少し大きくなって、夜通し寝てくれるようになってほしいなぁ──毎晩、そんなことを切実に考えていたように記憶している。

 それに比べて、今はずいぶんと余裕がある。初産のときより産後のホルモンバランスの乱れが抑えられているのか、マタニティーブルーとはほぼ無縁。おむつ替え、授乳、沐浴といったお世話のやり方はすでにマスターしていて、新たに覚えることもない。約2年前に娘が生まれてから睡眠不足にも慣れっこになっていたせいか、24時間体制の授乳も案外きつくない。

 第1子の出産時から、陣痛が始まっているというのにフリマアプリで売れた商品を病院の1階のコンビニで発送したり、入院中にノートパソコンを開いて仕事を再開したり、病室での深夜の授乳中に片手で文庫本をめくったりしていて、「まるで経産婦さんみたい」とナースステーションで噂されていた私ではあるけれど(ちなみに、陣痛の合間にフリマアプリの商品発送のためコンビニに駆け込むという奇行は、性懲りもなく今回の出産でもやってしまった。だって絶妙なタイミングで、前日の夜に売れてしまうのだもの……)、いよいよ本物の経産婦として2度目の出産を乗り越えた今、母としてさらに無敵になったような気がしている。

 さて、そんなだから、今回の第2子出産で一番苦労したのは、たぶん私ではない。母乳もミルクも飲みまくって基準の倍の速度で成長している息子でもない。まして夫でもない。ある日突然母親と引き離され、そのまま5日間を両家の実家で過ごすこととなった、1歳9か月の娘だ。

 2020年1月に生まれた娘のときと違い、今回はコロナ禍での出産だった。PCR検査をパスすれば夫1名のみの立ち会いは可能だけれど、入院中の面会は何人たりとも一切不可。だから、当初から娘のことを心配してはいた。あの子、5日間も私と離れ離れになって大丈夫かなぁ? 病室から、毎日ビデオ通話とかしたほうがいいと思う?──などと夫や実家の母に意見を求めた結果、むしろ私の存在をむやみに思い出させないほうが泣かれずに済むのではないか、と助言された。母親としては寂しい思いも抱えつつ、それもそうだろうと納得し、陣痛がきた日の昼、実家の車のチャイルドシートで何も知らずにすやすや寝ている娘にさりげなく別れを告げた。

 立ち会い出産中、娘の面倒は母が見てくれた。翌日の朝に夫が娘を迎えにいき、今度は彼のほうの実家へ。入院期間中、私の心配をよそに、笑顔で楽しそうに遊んでいる娘の写真が次々とスマートフォンに送られてきた。ああよかった、私がいなくても普段どおりに過ごせているんだ――そんなことを思いながら、私は私で、病室で新生児の世話に専念した。

 しかし、4日、5日と時間が経つにつれて、娘の様子に異変が現れ始めた。生後5か月頃から始めたねんねトレーニングの結果(これに関しては、今後機会があれば詳しく後述します)、部屋を暗くして「おやすみ~」とドアを閉めればひとりでいい子に寝つけるようになっていた娘が、布団の上に起き上がってわあわあ泣いてしまうようになったのだとか。最初の数日は大丈夫だったのに、いったいなぜ……?


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辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』が第42回吉川英治文学新人賞候補となる。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『トリカゴ』など多数。

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