辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第19回「引っ越しいろいろ」
新しい保育園へ。
親の心配も束の間!?
これ、実は、本人がトイレに行きたいわけではない。最近、引っ越して家が広くなったせいか、家事をするためにリビングを出ようとしたり、子守を夫にバトンタッチしようとしたりすると、娘が不安げに追いかけてくるようになった。そんな娘を落ち着かせるために、「ママ、トイレに行くからね」などといちいち話しかけていたのだけれど、いつしか娘の中で『ママがいなくなる=ママはトイレに行っている』という等式ができあがってしまったらしいのだ。私が少しでもリビングを離れると、私の目的地がどこであろうが、「ママ、といれ!(ママはトイレだよ!)」と元気よく声に出す。たまたまリビングにやってきた夫に、得意げに教えてあげたりもしている(「ママ、といれよ!」「うーん、ほんとか?」)。それで娘が安心できるのならと、私も便乗して、洗濯や掃除など、家の中で何をするにも「ちょっとママ、トイレに行ってくるね~」とついつい言い置くようになっていた。
その台詞が、新しい保育園に預けた初日に発動してしまったのだ。娘を抱いていた保育士さんからしてみれば、何のことやらさっぱり不明だったに違いない。もしかすると、あのあとトイレに連れていってくれたりしたのかな。ああ、恥ずかしい。親が〝魔法の言葉〟を調子に乗って濫用するから、こういうことになるのである。
ちなみに言語能力が発展途上の娘、最近はいろいろと話しかけてくる。私が服を着替えると「ママー、きれいねー」。私の名誉のために言っておくと、決して教え込んだりはしていない。たぶん、ワンピースやスカートの花柄模様に反応しているだけだ(『おはな=きれい』)。それでもまあ、何というのだろう、えへへ、悪い気はしない。あとは品詞の活用形を習得しようとしているのか、「おかえりってきた!」「パパった!」などと意味不明な造語を口にすることもある。子どもってやっぱり、相当に面白い。
あ、話を戻そう。新しい保育園に預けるときは、半日の慣らし保育から始まる。「ママと離れると緊張して、ご飯をまったく食べられなくなる子もいたりするので、そういう場合はしばらく半日で様子を見ましょうね」と初日の朝に保育士さんに言われ、内心ドキドキしていた。うーんそうなのか。できれば早めに、丸一日仕事をする日を作れるようにしたいのだけれど……でもこればかりは子ども次第だから仕方ない。しかも引っ越し前の保育園では毎回お弁当だったのが、新しい保育園では完全給食。初めての保育園で、生まれて初めての給食。そうか、確かにけっこうハードルが高いかも……。
さて、どうかな、大丈夫だったかな──と落ち着かない気持ちで迎えにいった初日の昼過ぎ。「給食もちゃんと食べられました!」と保育士さんに笑顔で言われ、胸を撫で下ろした。それから家に帰って、連絡ノートをよくよく読んでみると……。
『ご飯とお魚と大根をおかわりして、完食しました』
……それって全部じゃないのさ⁉
家で満足に食べさせていないと思われたらどうしよう、と逆の意味で心配になるくらい、満腹になるまでよく食べた様子。おかげでその後は、わりとすんなり一日保育に移行できました。ありがとう、娘の胃袋(この連載、食べ物ネタが多すぎないか?)。
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「辻堂ホームズ子育て事件簿」アーカイヴ
1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』など多数。最新刊は『二重らせんのスイッチ』。