辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第19回「引っ越しいろいろ」
新しい保育園へ。
親の心配も束の間!?
ここまで娘のことばかり書いてきたけれど、0歳息子はどうだったかというと、こちらは驚くほどに何の手もかからなかった。新しい保育園でも動じない。やや名残惜しそうに私の姿を見送るものの、私が去った後も日中も、激しく泣いたりすることは一切ないという。離乳食もミルクもしっかり摂取。いきなり保育園でハイハイをマスターし(親の前で見せてよ!)、機嫌よく室内をお散歩。2歳児よりもはるかにスムーズに、一日保育に適応してしまった。普通、逆ではないのか……?
強いて言えば、迎えにきた私の顔を見て、今の今まで母親と離れていたことを突然思い出したように、ふえーんとぐずりだす──その程度。これが、生後1か月の終わりから保育園にちょこちょこ通っている第2子の強さなのか。いや、生まれ持った気質かもしれない。パワフルな娘と穏やかな息子、新生児の頃から本当に性格が正反対だ。共通しているのは、激しすぎる食欲くらいで……(また食べ物ネタ)。
息子も生後9か月になり、最近はちょっとした〝きょうだい喧嘩〟が見られるようになってきた。といっても、2歳娘は0歳息子のことを赤ちゃんだからと大目に見ているため、基本的には弟から姉への一方的な攻撃が繰り返されることになる。髪をつかんで引っ張ったり、娘が使っているお絵かきボードの付属ペンを執拗に奪おうとしたり、マットの上に寝転がっている娘をブルドーザーのようなハイハイで容赦なく轢いたり……。そのたびにつらそうに顔を歪ませ、「ないよー!」(注:おそらく「自分が心地よく遊べる状態が『ないよ』」の意)と私に助けを求めてくる娘が不憫でならない。よく弟にやり返さずに我慢できるな。2歳なのに偉いな、君は。
しかし、そんな娘も負けてはいない。あるときから、おやつの時間に息子に赤ちゃんせんべいを持たせ、ミルクを作るためにほんの少し目を離すと、手に握らせていたはずのせんべいが跡形もなく消失するようになった。たぶん、娘が私の目を盗んで、せんべいを弟の手からひったくり、ちゃっかり自分の胃袋に収めている……。しかし現場を目撃していないから、娘が犯人と決めつけて叱るわけにもいかない。息子が想定外の勢いで赤ちゃんせんべいを貪り食った、という可能性もなくはないのだ。うん、そうだよ、まだ9か月だけど、最近歯が生えて食べるスピードがどんどん速くなってるし、なくは……ない……はず……?
と、確信を持てずにいたのだけれど、決定的な瞬間は、私の友人が遊びにきたときにようやく訪れた。「あれ、娘ちゃんが息子くんのおせんべい取ろうとしちゃってるけど、大丈夫?」──そして現行犯逮捕。晴れて事件は解決を見たのである。
引っ越しで親がバタバタしている間に、言葉といい、きょうだいの関係性といい、気づけばぐんぐん進化を遂げている。この間は、来年4月から娘を通わせたいと思っている幼稚園の公開保育に参加してきた。黒板の前に立ち、元気に挨拶をしている日直さんたち。「みんな集中しよう!」と威勢よく声をかけ、クオリティの高いお遊戯の練習を率いている体育担当の先生たち。むむ、うちの娘、半年後からここに交じってやっていけるのだろうか……。そして女の子はみんな、髪の毛を可愛いゴムでぴっちり結んでいる。手作りと思しき可愛らしい巾着の類いが壁にかかっていたりもする。むむ、待てよ、私もちゃんとやっていけるのだろうか……。
子どもたちだけじゃない。親の私にも、飽くなき挑戦と成長が求められている。
(つづく)
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「辻堂ホームズ子育て事件簿」アーカイヴ
1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』など多数。最新刊は『二重らせんのスイッチ』。