辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第25回「山びこがきこえる」
鏡のように振る舞う子どもたち。
もしかしてその口調も?
2023年3月×日
「これは要らないですかな」
「このペンは書けましたかな」
「車を降りましょうかな」
古き良き翻訳ミステリに出てくる刑事の台詞だろうか。否、我が家の3歳娘の口癖である。
別にふざけているわけではない。敬語全般と「かな」という終助詞を同時期に習得しようとした結果、本人の中で独自の文法体系を作り上げてしまったようなのだ。「おきがえ、できませんかな」などと本人は大真面目。「ママ、だるまさんころんで!」と遊びに誘ってくることも。聞いているこちらはそのたびに笑いをこらえる毎日ですかな。
娘はこの1か月ほどで急にペラペラ喋るようになった。周りの子より言葉がゆっくりでちょっと心配していたこともあり、複雑な語法を娘が一つ一つ使いこなせるようになるたび、「お、助詞が増えてきたねー」「副詞が使えるようになったんだ」「使役の用法も完璧じゃん!」「時制はあと一歩ってとこかな」「いつの間にこの活用形覚えたんだろ」「とうとう因果関係が説明できるようになったねー」などと夫婦で喜び合っている。……という話を地元の友人にしたら、パパとママの会話の内容がおかしいと切り捨てられた。客観的に見ると確かに気持ち悪い。変な両親でごめんね、子どもたちよ。
まあそれはいいとして、子どもが自由自在に言葉を操りだすと、いよいよ〝赤ちゃん〟ではなく〝子ども〟という感じがしてくる。遊びの内容も急激に変化し始めて、ごっこ遊びが主体になってくる。この間は未開封の調味料などがストックしてあるキッチンの戸棚の前に陣取り、「みりんさん」「こちゅじゃんさん」「りんごじゃむさん」「きんみや(焼酎)さん」を順番に「おふろはいろー」とプラスチックの籠に入れてあげていた。別の日には1歳の弟を床に座らせておままごとの野菜やプリンを目の前に並べ、「はい、どうぞ」と麦茶入りのストローマグ(これだけ本物)を差し出して、延々とお茶を飲ませ続けたりも。このままでは息子が水中毒になって体調を崩しかねないと、慌てて着せ替え人形やらお世話セットやらを買い込んで娘にプレゼントしたのが、この冬の思い出である。
光文社
東京創元社
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「辻堂ホームズ子育て事件簿」アーカイヴ
1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『答えは市役所3階に』。