辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第24回「子どもと色、色と性差」

辻堂ホームズ子育て事件簿
娘と息子、性別が違うと
好きな色も違う?
令和の子育ては悩ましい。

 2023年2月×日

「いこうよ、いこうよー」

「今は赤信号でしょ。赤は、とーまーれ。行けないの」

「うえぇぇぇぇぇぇん」

 半年前に引っ越してきた旧祖父母宅のあるこの街は、基本的に車社会だ。保育園の送り迎えも、買い物などの用事の際も車で移動するのだけれど、3歳になったばかりの娘はどうも信号で止まるのを非常に嫌がる。一度も止まることなく目的地まで移動したいらしい。赤信号のため発車できないことを懸命に言って聞かせるものの、納得する気配はなく、しまいには隣のチャイルドシートに座る弟に八つ当たりを始める。運転席でハンドルを握っている私、気が散ってしょうがない。

 赤は「止まれ」、青は「進め」という、信号機の仕組みをまだ理解できていないのだろうか。そう思って一生懸命教えていたところ、「あかは、とまれ。いかない」と自分から言うようになった。それなのに、やっぱり赤信号で泣く。どうすればいいんだ……?

 ほとほと困った私は、ようやく閃いた。もしかすると娘は、車が止まっているのも信号が赤なのも、全部運転手である母親のコントロールのうちだと思っているのではないだろうか。ママが信号を青に変えてくれないから進めないんだ! と。──ひょっとして、だからこんなに怒っている?

 この仮説をもとに、作戦を変更してみることにした。車が赤信号で止まり、娘がぐずり始めたら、私はすかさず両手を口の横に当て、前方の赤信号に向かってとにかく必死に頼み込むのだ。

「信号さーん、早く青になってー! 早く、青に、なってー!」

 ……するとどうだろう。たちまち効果が表れた。娘が驚いたように泣き止み、“信号の色を変えようと頑張っている”私の様子を窺い始めたのだ。やがて信号が青になると、私は喜んで手を叩く。

「やったー! 青になったー! よかったぁー、行こう!」

 果たして私は、無実の罪を晴らすことに成功した。信号が赤になるのはママのせいじゃなかったんだ。ママも信号を青に変えるため、一生懸命頑張ってくれてるんだ。私の味方だったんだ──そのように理解したのか、娘はその後、泣いて怒ることがほとんどなくなった。代わりに、信号に向かって健気にお願いするようになった。「はやく、あおになってー!」と。

 その〝応援〟の結果、信号が無事に青になると、娘は嬉しそうに声を上げて笑う。「あおになったー! すごーい、●●ちゃん、じょうずー!」……と、見事信号の色を変えてみせた自分を褒め称えるのも忘れない。これはこれで間違った理解をさせてしまった気もするけれど、何より大事なのは安全運転、背に腹は代えられぬ。


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辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』など多数。最新刊は『二重らせんのスイッチ』。

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