辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第25回「山びこがきこえる」

辻堂ホームズ子育て事件簿
親の姿を映し出す
鏡のように振る舞う子どもたち。
もしかしてその口調も?

 まだ3歳になったばかりの子がどういう心境でそんな言葉をかけてくるのだろう、と当初は面食らったのだけれど、よく考えたらこれ、私が娘に普段している声がけを真似しているだけだ。こちらは親として無意識にやっているだけなのに、それが山びこのように、やがて子どもの口から返ってくる。

 たとえ相手が子どもだとしても、また意図してこちらを気遣っているわけではないとしても、日常生活の中で頻繁に温かい言葉をかけられると、やはり気分がいいものだ。こちらの心も自然と癒され、さらにポジティブな言葉を子どもに投げかけてあげられるようになる。

 いわば子育ての相乗効果だ。だけどこの効果は、ネガティブな方向にも同じくらい劇的に働く。実際、私と非常に似ている口調で「●●くん、ダメだよ!」と弟に注意している娘の姿を見て、はっとさせられたことも何度かある。心身が万全な状態でないときほど、つい叱り方が粗雑になったり、不機嫌な顔をしてしまったりするものだ。だから反省とともに思う。親の務めとして何より重要なのは、自分の心を明るく保ち、常に一定の余裕を持たせておくことなのではないかと。結局は〝山びこ〟として自分に返ってくるのだと思えば、こちらにも大いにメリットがあるのだし、意識しておいて損はないはずだ。

 というかこれ、別に子育てに限った話ではないのだろう。自分が口にしたことは、他人からその分だけ返ってくる。対子どもであろうと対大人であろうと、コミュニケーションの極意というのは、基本的な部分では大差がないのだ、きっと。そんな当たり前のことを、最近急に喋り始めた娘と相対する中で、改めて思い知らされた。

 先日、日曜に仕事で家を空け、夫に子守を頼んだ。いつもならママと離れるのを嫌がって癇癪を起こすだけだった娘が、「ママ、もどってくるから、もうだいじょうぶだから……」と一生懸命自分自身に言い聞かせていたという。それをLINEで知らされて、外出先でなんだか切なくなってしまった。これが子育ての新たなステージか。泣くばかりの赤ちゃんでなく、私の感情を様々な方向に揺さぶる存在。ちょっと寂しさもあるけれど、断然、嬉しさのほうが大きい。

 娘の成長に従って、カーテンの後ろから何度も飛び出して弟を笑わせたりと、姉弟が楽しそうに2人で遊ぶことも増えてきた。この間の朝のこと。ベビーモニター越しに、布団に寝転びながら顔をくっつけあって平和に遊んでる姉弟の姿が見えたため、微笑ましいなぁとニコニコしながら子ども部屋のドアを開けたら、爆睡してる娘に覆い被さって息子が「ないないばあ!」と叫びまくっているだけだった。……なんだそれ。

 この4月から幼稚園に入園する娘と、その娘より半年ほど早くいろいろな単語を喋り始めた息子。昨年の出生数が80万人を下回り、少子化の加速が危惧されているようだけれど、そんな時代だからこそ、子育てって楽しいんだぞ、とせめて発信したい。だって月1でエッセイを書いていても、毎回まったくネタに困らないくらい様々なことが起こるのだから、人生の充実度は少なくとも3倍以上だ(子どもの人数+α)。

 私はきわめて趣味が少なくつまらない人間だから、自分自身についてのエッセイを書けと言われたら3か月も経たずに挫折する自信があるのだけれど……もしかするとそういう人間ほど、子育てから得られるものは大きいのかもしれない。

(つづく)


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辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『答えは市役所3階に』。

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