辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第28回「『好き』がはらむエネルギー」

辻堂ホームズ子育て事件簿
子供が好きなこと、
得意なことは、一体何だろう?
見極めるのは難しい。

 内発的動機づけと外発的動機づけ、という心理学用語がある。前者は自分の内側から純粋な興味に基づく意欲がわいてくる、つまり対象となる行動自体を『好き』『やりたい』と思える状況のことだ。小学生の頃に学年に一人はいた昆虫博士の男の子などがいい例だろう。後者の場合は、その原動力が外部からもたらされる。高収入に惹かれて仕事をする、周りに賞賛されたいから努力する、親や先生に怒られたくないから勉強をする──これらはすべて、外発的動機づけに基づく行動だ。

 誰しも感覚的に理解できるだろうけれど、内発的動機づけのほうがモチベーションは持続しやすい。外発的動機づけをするには報酬や罰を与え続けなければいけないから、その刺激に対する慣れが生じたり、賞罰自体がなくなったりすると、途端に意欲が低減してしまうのだ。だったら親としては内発的動機づけを促進するのがいい──のだけれど、ここで大きな問題が生じる。内発的動機づけというのは、非常に難しい。だって、何にどれくらい興味を持つかというのは、親がコントロールしえないところでほとんど決まってしまっているのではないか……? 夫がなぜ勉強や調べ物が好きなのかということを彼自身やその親はおそらく説明できないし、私や私の親だって、なぜ嫌いなのかという問いに明確な解答を出すことはできない。全部、漠然とした感情でしかないのである。

 先ほど勉強や調べ物は別に好きではなかったと書いたけれど、そんな私にも内発的動機づけが働く分野がある。日本語の文章の執筆だ。中でも特に小説。運動は身体に負荷がかかるとすぐ嫌になるし、ピアノやギターは練習するのが面倒だし、映像作品を見るのは時にまどろっこしく感じてしまうのだけれど、小説の執筆だけはなぜだかほとんど苦だと感じることがない(じゃなきゃこんな仕事は続けられない)。反対に、大学卒業後3年間、作家活動の傍ら会社員として働いていた時期もあったけれど、そのときの仕事は苦痛でたまらなかった。やる気に満ちている先輩社員らが輝いて見えた。仕事に対する興味が1ミリも生まれない時点で、私はどう逆立ちしたってあの人たちのようにはなれないし、何十年勤め上げたところで会社員として大成することもないのだろうな、と感じた。

 常々、理想の人生とは、「いかに楽しい時間の割合を増やせるか」にかかっていると思っている。仕事に充てる時間は長い。その労働時間をいかに〝楽しく〟過ごせるだけの金銭的および精神的余裕を得るか。そのバランスが重要で、子どもたちに最も時間をかけて教えていかなければならないことだと考えている。

 娘が0歳の頃、夫は一時期コンサル企業に勤めていた。確かに収入は魅力的だったが、残業月200時間もの激務で心身が壊れかけ、半年経たずに転職した。その後はワークライフバランスを重視し、仕事も楽しくやれているようだ。幸せとは何なのか。今ではその感覚が、夫婦で一致しているように思う。

 娘の興味はどこにあるのか。息子は今後、何を好きになるのか。勉強か、運動か、芸術か、はたまた別の何かか。好奇心をベースに、得意分野をどこまで伸ばしてやれるか。また、それで将来食っていける道はあるのか。直接的にはなかったとしても、他にどのような形であれば、その子特有の内発的動機づけを生涯にわたって機能させられるのか。そんなことを適切に見極めていける親になりたいと、保育参観でトンネルくぐりの最中に突如動きを止めてニヤニヤしながらかくれんぼを始める息子や、幼稚園からもらってきたプリントに書いてあるクラスメートの名前をひたすら嬉しそうに読み上げている娘を見て、ふと思ってしまったのである。

 と、小難しいことをつらつらと述べたけれど、うちの子たちはまだ3歳と1歳だ。私はまだ子育ての「こ」の字くらいしか知らないひよっこであるわけで、今のうちからあんまり頭でっかちになっても仕方がない。とりあえずはまあ、今日も子どもたちが幼稚園や保育園から帰ってきたら、ソファでゴロゴロしてテレビを見たり、仲良くお風呂に入ってシャボン玉を飛ばしたりしようっと──それが今の私の楽しみであり、幸せなのである。

(つづく)


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辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『答えは市役所3階に』。

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