辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第37回「どうしましょう、習い事」

辻堂ホームズ子育て事件簿
ついに4歳になった長女。
令和時代の習い事、
半信半疑で始めたら、目から鱗!?


 2024年3月×日

 連載開始時、1歳だった娘ももう4歳だ。

 娘の誕生日は月末である。誕生日の10日ほど前に、幼稚園で月に一度の誕生会があった。保護者も見学に行けるので、夫婦で足を運んだところ、手作りした黄色い冠をかぶり、クラスのみんなにハッピーバースデーの歌を贈られている娘の、両目が糸のように細くなった照れ笑いを無事目撃することができた。

 大変だったのはそのあとだ。

「ねえ、ケーキは……?」

 誕生会から帰宅した夕方、不機嫌そうな顔で尋ねてきた娘。どうやら「幼稚園の誕生会の日=自分の誕生日」だと思い込んでいて、私がいつまでもケーキ屋さんに行こうとしないのに痺れを切らしたらしい。本当の誕生日は10日後なのだと説明すると、一応受け入れてはくれたものの、納得のいかない顔をしていた。

 そして翌朝。寝室から飛び出してリビングにやってきた娘が、異様にテンション高く、開口一番、

「ママ! おはよう!! 4さいになった──」

「まだ!! なってないよ!!!」

 ふう、危なかった。思わず食い気味に訂正する。

 それから10日間、「まだ4さいじゃないの……?」「あと〇回寝たらね」というお正月の歌のようなやりとりが毎朝欠かさず行われた。ようやく誕生日を迎えた朝には、親としての感慨以上に、深い安堵と疲労を覚えたものだ(娘は朝起きるなり、「きょうは●●ちゃんのおたんじょーびー!」と朗々と宣言し、隣に寝ている弟を叩き起こして今日が特別な日であることを説明していた)。

 自分の年齢が1つ増える、という現象を初めて意識的に観測した娘にとって、3歳から4歳になるというステップアップは、大人が想像する以上に大きな節目だったらしい。

 2020年に生まれてコロナベビーとして育ってきたせいか、1年ほど前から様々な施設で利用再開され始めたトイレのハンドドライヤーを異様に怖がってずっと使おうとしなかったのに、「4さいになったから、もうこわくないから」といそいそと両手の水滴を飛ばしたり。嫌いだと言い張って食べようとしなかった煮物の鶏肉を、「3さいの●●ちゃんはたべられなかったけど、4さいの●●ちゃんは、とりにくすきだよ」と平気な顔で口に運んだり。

 悪いことをしたな、と親として反省したのは、誕生日を迎える前夜、もう遅い時間なのになかなか寝ようとせずに布団から出て走り回っている娘を注意したときのことだ。「明日は誕生日なんだからもう寝るんだよ」「ケーキ食べるんでしょ」と諭しても効果なし。そこで破れかぶれに「そんなんじゃ4歳になれなくなるよ!」と声をかけたところ、それまで機嫌のよかった娘が突然「いやだぁ、4さいになりたいぃぃぃ」と大泣きし始め、怯えたように布団に飛び込んでじっと動かなくなってしまった。

 いや……ごめん。ものすごい脅迫になっちゃったみたいだ。そんなに怖がらせるつもりはなかったんだけど……。あ、もう寝た。なんかごめん。

 幼子にとって、「年齢」の概念はなかなか難しいものらしい。そういえば、私には1歳10か月差の弟がいるのだけれど、幼い頃は弟の誕生日が来て束の間の1歳差になるたびに、「はやくおねえちゃんをぬかしたいなぁ」と毎年目を輝かせて言われていた。また、私の母は永遠の29歳を詐称していたが、幼い頃の私や弟たちは、その嘘を数年にわたって信じていたように思う。そして今、私の娘もママの年齢に興味津々だ。どうせ幼稚園で言いふらすのだろうからと、「●●ちゃんとおんなじ4歳だよ~」「(10の位を省略して)1歳です!」などとはぐらかし続けていたのだけれど、4歳になった娘はとうとう人を疑うということを覚え、私の嘘を看破した。「えー、ママ、1さいじゃないでしょ~」といよいよ真相に迫った娘が辿りついた答えは、「ママは18さい!」──うん、いいよ、私の負けだ。そういうことにしておこうじゃないか。うふふ。


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辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『山ぎは少し明かりて』。

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