辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第45回「上の子と下の子の制度的分断」
大問題が発生。
上の子たちが保育園を退園に!?
取り乱しました、すみません。いやこんなことを言っても仕方ないんです。ないものねだりです。隣の芝生はいつだって青い。会社員ママには、会社員ママの苦労がある。たっくさんある。死ぬほどある。子どもが熱を出して保育園からお迎え要請が来たときに上司や同僚に頭を下げなくていいだけでも、作家なんてとてつもなく気楽な生き物じゃないか。スケジュールの組み方も自由なのだから、昼間できなかった仕事は、自分次第で夜に回せるわけだし。そもそも会社員に嫉妬するなら、執筆量を落として兼業作家を続けていればよかったんだ。何? 育児しながらそんな芸当はできない? だったらこんなところで親同士の分断を煽るのは非常に悪手だよ、私。
長々と語ってしまったけれど、上記のような事情があり、次女はあれよあれよという間に生後2か月で保育園デビューすることになった。
正直、不安はあった。まだ小さいし。いきなり粉ミルクメインの生活になると、母体にも乳腺炎のリスクがあるし。インターネットを何気なく見ていると、『首も据わらない乳児を保育園に預けるなんて信じられない』とか『保育園任せで子育てしてる親は育児放棄同然』なんていう過激なコメントが目に入り、けっこう凹むし。
でも、自治体に掛け合ってまで家庭保育を続けることは選ばなかった。よく考えたら、うちには未就学児が3人いるから、制度上、第3子の次女は保育料が無料になるのだ。上の子たちのときのように週2、3回の一時保育で凌ごうとすると、逆にお金がかかってしまうという制度の穴。生後2か月の赤ちゃんとまだ離れたくないがために、ルールを歪めて自治体と交渉し、本来ながら負担がゼロになるはずの保育料を支払い、自分も大変な思いをしながら日中の仕事と育児を同時進行するかと言われると……恥ずかしながら、今の私にはそこまでする気力はなかった。
ああ、次女にはなんだか申し訳ない。上の子たちを同じ園に通わせ続けてあげたいから。上の子たちがいることによって、保育料がタダになるから。そうやっていちいち、上の子たちの事情に付き合わされて、入園日が自動的に決まっていって。
──と、後ろ向きな気持ちもありながら、10月から週5日、次女を保育園に預け始めた。確かに執筆はとても捗るしストレスもずいぶん減ったのだけれど、上の子たちはそれぞれ3歳と1歳まで週3日以内の一時保育で育てたことを思うと、「まだ産んだばかりなのに、国に多額の補助を出してもらってこんなに仕事に集中していいのかな。赤ちゃんのお世話だけならもう少しできたのにな」と罪悪感が募る。
そんな私を救ってくれたのは、保育園の「連絡帳」だった。
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荻原 浩 × 辻堂ゆめ
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「辻堂ホームズ子育て事件簿」アーカイヴ
1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『二人目の私が夜歩く』。