辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第45回「上の子と下の子の制度的分断」

辻堂ホームズ子育て事件簿
第3子を育てる小説家に
大問題が発生。
上の子たちが保育園を退園に!?

 次女が入園した小規模保育園の連絡帳は、ノートではなくアプリだ(今っぽい!)。なんと毎日写真を2、3枚添付してくれて、天気のいい日にベビーカーで公園に出かけた様子や、1、2歳児のお友達にほっぺをつつかれている姿を見ることができる。そして先生たちは仕事で慣れているからだろうか、素敵な写真を撮るのが上手い。「インスタ映え」とかいうものと無縁な私と違って、次女が可愛く映る角度と光の加減を熟知し、時にはおもちゃやぬいぐるみやカラフルなマットで周りをさりげなく飾って撮影してくれる。先日は園の生活発表会があり、生後3か月の娘も参加するというのでいったい何をするのかと思ったら、次女が黒いビニール袋や白や緑のバスタオルで綺麗にくるまれて「手巻き寿司」にされている練習風景の写真が前日にアプリで送られてきた(実際の演目は、0歳児と1歳児クラスが合同で「おすしのピクニック」の曲を踊る、というものだった)。

 すべて、上の子たちが0歳のときには経験できなかったことだ。大変幸せなことに、次女は愛されている。保育園の先生たちにも、1歳児や2歳児のお兄さんお姉さんたちにも。次女は家でも保育園でもよくニコニコしていて、どちらの環境も楽しんでくれているのが伝わってくる。その様子を見て、私も嬉しくなる。ちなみに写真はアプリで購入できるので、初月でいきなり2000円近くも課金してしまった。いいよね。これくらい。日中一緒にいられない代わりに、私は課金で愛を示すのだ。

 こうして預け始めてみると、このほうが次女にとってもよかったのかな、と前向きな気持ちも芽生えてきた。そもそも入園前の9月の時点で、私も産後初の連載を年明けから始めることに決まり、急にエンジンがかかって(かかりすぎて)、1日に最大13時間も仕事をしてしまっていたのだ。長編のプロットに取り組んでいると、推理のロジックを組んだり伏線の効果的な配置を模索したりと、授乳やおむつ替えの最中も目の前の未解決問題について延々と考え込んでしまい、寝る頃になって「今日、私、どうやって次女を育ててたんだっけ……」と記憶がすっぽり抜け落ちていることに気づく。せっかく一緒にいるのにもったいないと、ふと我に返って次女に頬ずりすることもたびたびあった。

 これでは、赤ちゃんの「お世話」はできていても、「ふれあい」はできていない。仕事と育児。二兎を追う者は一兎をも得ず、というやつだ。次女だって、殺人だとか共犯者だとか防犯カメラだとか逃走経路だとか、そんな物騒な単語を口走っている母親と始終一緒にいたくはないだろう──というのは冗談として、やはり私の場合、平日の昼間は保育園に行ってもらって仕事を一気に片付け、その代わりに朝や夕方や土日祝日にめいっぱい可愛がったほうが、赤ちゃんの情緒の発達にもよっぽどいい効果がありそうな気がする。保育園の連絡帳に次女の「初めて」の記述があると悔しくなったりはするけれど(例えば、「初めておもちゃを自分で振って遊べました」とか)、家でもたくさん遊ばせてもっとたくさん「初めて」を観察してやろうと、ポジティブな対抗心がわいてくる。

 そうやって割り切った結果、今は少しだけ、気持ちが楽になった。息子の保育園の0歳児クラスに空きがなかったため、一時的に子ども3人が別々の園に通うという非常事態に陥ってはいるものの、日中仕事に没頭できるメリットのほうが送迎の手間よりもよっぽど大きい。週40時間ほど赤ちゃんのお世話から解放された分、心なしか身体の疲労も少なくなった。保育園の先生方には、感謝してもしきれない。

 これなら4人目もいけちゃいそうだよな──と、ふとした瞬間に考える。夜泣き対応さえ3日にいっぺん夫に代わってもらえば、体力はちゃんと持つことが分かったし。第3子以降は保育料もかからない期間が長いし、この10月からは児童手当が月3万円になるし──あ、待てよ、それが国の狙いなのか。

 生後2か月から保育園にフルタイムで預けるのに抵抗があったのは、いったい何だったのだろう。結局、国の施策にまんまと乗せられているのである。ええい、こうなったら目指せ、少子化解消!

(つづく)


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辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『二人目の私が夜歩く』。

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