辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第9回「第2子誕生」

辻堂ホームズ子育て事件簿
ついに第2子誕生!
スムーズだった分娩の裏で
事件が続発!?

 その日、夫は仲良しの元会社同期らと関東近郊にキャンプに行っていた。第2子誕生前の思い出作りとのことで、それはもちろん事前に承知していたのだけれど、唯一の連絡手段であるスマートフォンが水没とは青天の霹靂。一緒にキャンプに出かけた友人が夫婦共通の知り合いだったからまだよかったようなものの、夫が無事に家に帰りついてパソコンを開くまで、さらにいえば代替機が手に入るまでは、緊急連絡の手段が断たれているため安心できない。

 一応もういつ産まれてもおかしくない時期なんだけどな、と内心ちょっと焦りつつ、親切に連絡をくれた元同期男子にはこう返信しておいた。

『今日陣痛きて駆けつけられなかったら一生恨むねって言っといて!w』

『了解!笑』

 即、朗らかなラインが返ってきた。

 それにしても変だ。夫の携帯は最新のiPhone。防水機能がついているから、ちょっとやそっと水に濡れただけでは壊れたりはしないはずなのだけれど、いったい何があったのだろう? 池や湖に落としたとかなら分かるけれど、ラインの文面からすると、本体を失くしたわけではないようだし……。

 その謎が解けたのは数日後、新しいiPhoneとともに夫が里帰り先にやってきたときだった。

 突如、前髪を掻き分け、額の赤い傷を見せてきたのだ。さらにマスクを外すと、鼻の側面にも痛々しい擦り傷があった。

「えっ、何これ、どういうこと?」

「真っ暗な森の中で、胸の高さくらいの水路に落ちたんだよね」

 なんと、ただのスマートフォン水没ではなくて、夫ごと水没していたのだ――!

 今回キャンプをした場所は、元会社の先輩が購入した1900坪の森の中で、レジャー用に整備されているわけではなかったため、懐中電灯なしで夜に歩くと危険な場所が分かりにくかったのだという。うーん、どこからツッコミを入れたらいいのやら。

 兎にも角にも、それほど深い水路だったのなら、夫自身が無事でよかった。スマートフォンならいくら壊れたっていいけれど、子どもたちの父親に何かあっては困るではないか。ほっと一安心。

 

〜その2:娘の学習能力〜

 里帰り中、やりたい放題に暴れまくったのが1歳9ヶ月の娘だ。

 普段、自宅では、いくらねだっても追加のおやつは出てこないし、絵本を読んであげられる回数も限られるし、外遊びはもっぱら保育園にお任せしてしまっている。でも実家に行けば、すべての欲望を叶えてくれる人がいる。3人の子育て経験を持つ、優しいおばあちゃんだ。

 娘はこれに目敏く気がついた。里帰り中は、私よりもむしろ母の動向を窺い、少しでも退屈すると食事用の椅子によじ登って自らベルトをつける、母がキッチンに立ったり電子レンジを操作したりするとすぐに駆けつけて自分のご飯ではないかと覗き込む、図書館で借りてきた絵本を母のところにばかり持っていって延々と読み聞かせを催促し続ける、母がその場で絵本を開こうとするとわざわざ遠くのマットに座り込んで場所を指定する、などなど横暴――いや、健気なアピールを重ねた。いずれも、自宅ではほとんどやっていなかったわがままだ。


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辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』が第42回吉川英治文学新人賞候補となる。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『トリカゴ』など多数。

河﨑秋子『絞め殺しの樹』
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