椹野道流の英国つれづれ 第1回

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逃亡先、もとい留学先をイギリスに決めたのは、子供の頃から憧れ続けた国だからです。

子供の頃に読んだ「小公女」や「シャーロック・ホームズ」の舞台となった、霧のロンドン。

特に「シャーロック・ホームズ」は、グラナダテレビ制作の、ジェレミー・ブレット主演のドラマが本当に素晴らしくて、あの衝撃の初回放送を見た瞬間からずっと、「いつかイギリスに住みたい」と願っていたように思います。

さらに、高校時代からイギリスのロックミュージックに入れ込んでいた私としては、いちばんの「推し」である、「ザ・スミス」のボーカル、モリッシーが雑誌のインタビューで歩いた町を歩き、大好きだという文房具店を覗き、「美味しいよね」と目を細めていたキャンディを買い食いしたい。

なんなら同じ空気を吸ってみたい……そんな純朴ミーハーな望みもありました。

しかし、ロンドンはとにかく物価の高い街です。

短期ならともかく、1年を過ごすには、大いに予算オーバー。

無論、何もなしに長期滞在用のビザは下りないので、やはり何らかの学校への留学……もっとも手頃だったのが語学学校なわけですが、ロンドンの学校には、当時、日本人の生徒が溢れかえっていました。

これでは英語の勉強が進まないな、と思いました。

日本人がたくさんいると、やはり授業以外では、彼らと日本語で話し、同国人でまとまってしまいそうです。

ここは、日本人が少ない地方都市を狙おう。でも、やっぱりロンドン観光もしたいので、いわゆる「上京」が、比較的簡単な場所にしよう。

そんな私の希望をまずまず満足させてくれたのが、ロンドンから列車で1時間ほどの距離にある、イングランド南東部の海辺の町、ブライトンでした。

歴史ある、昔からの保養地であり、観光地としても人気があるので、正直、日本人が少ない街とはいえません。

しかし、大手の語学学校を避けて探すと、街の中心部から離れた海沿いに、ドイツやイタリア、フランスからの留学生がメインで、日本人はあまり来ないという小さな語学学校が見つかりました。

クラス単位での授業と、個人レッスンを組み合わせることができるのも、当時の私には魅力的でした。

今のようにインターネットがそれほど普及していなかったので、勇気を振り絞って学校に国際電話をかけ、幾度かやり取りをしました。

先方は英語がろくにできない外国人とのやり取りに慣れていて、ゆっくり、短く言葉を切って話してくれたため、電話でもどうにか意思の疎通はでき、必要な書類も、郵便とFAXで整えることができました。

そこで「読み書きともに、自分の英語が通じた」という事実が、困難が山積みのイギリス行きをついに実行させる原動力のひとつになってくれもしました。

ただし……そこで得たささやかな自信など、渡英後、速やかかつ完膚なきまでに打ち砕かれることになるのですが。


椹野道流(ふしの・みちる)

兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。

◎編集者コラム◎ 『旅だから出逢えた言葉 Ⅲ』伊集院 静
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