椹野道流の英国つれづれ 第33回
「スティーブ」
数秒の沈黙の後、マイクは盛大に噴き出しました。
「おいおいおい、女の子だぞ。それに、カナリアにスティーブって」
「変かなあ」
「変だよ! ああいや、ジャパニーズの感覚で変じゃないんならいいか。そもそも、お前さんが『チャズ』だもんな。女の子なのに、男名前コンビか。悪くない。スティーブ。スティーブね。親父が聞いたら、一晩笑い続けるぞ。でもいい名前だ。一度聞いたら、絶対に忘れない」
何だか、よっぽどおかしな名付けをしてしまったようですが、まあ、いいんならいいか。
前髪もっさりの可愛い顔を見た瞬間、その名前が頭に浮かんだのです。
こういうのは第一印象が大事! 女子バードに男の子の名前も、かっこよくていいじゃない。
今日から君はスティーブだ!
愉快そうに笑ったままマイクが帰ったあとも、カナリア……スティーブは、機嫌よくチュンチュンと鳴き続けていました。
歌は歌わないかもしれないけれど、その声は、私にはお喋りであり、無邪気な、短い歌にも聞こえます。
うん、私たちはいい家族になれるんじゃないかな。
これからよろしくね、スティーブ。
あらためて懇ろに挨拶をしてから、私は財布をポケットに突っ込み、家を出ました。
ホームセンターでは買えない、でも小鳥には必要なもの……青菜を買いに、近所の八百屋さんへ向かったのです。
数ヶ月後、私は引っ越しをすることになるのですが、その理由のひとつがスティーブでした。
その話は、また別の機会に……。
兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。