椹野道流の英国つれづれ 第30回
◆ジーンとジャック、「我が家」に驚嘆する #10
「それで? チャズの家の幽霊騒ぎ、今はどうなってんの?」
翌月の日曜、いつものようにリーブ家を訪ね、ディナーをご馳走になっていたとき、そう訊ねてきたのは、珍しく家にいたスウェーデンからの留学生、クリスでした。
週末は遊びに忙しい彼女は、ほとんど家におらず、彼女と顔を合わせたことは数えるほどしかありません。よって、幽霊の話をしたこともなく。
きっと、ジーンかジャックから聞いたのでしょう。
「どうって……うん、なんか上手くやってるよ」
そう答えたら、クリスの明るいブルーの瞳がたちまち輝きました。
「マジで! もっと聞かせてよ」
どうやら、スウェーデン女子も、怪談がお好きなようです。
ジーンも、ローストポークをナイフで切りながら、「あら」という顔をしました。
「上手くやってるってどういうことなの、チャズ。幽霊とコンタクトしたの?」
「コンタクト……うーん」
私は、ジーンの問いかけに、正しい英語を探しながらもったり答えました。
「姿が見えてるわけじゃないし、声が聞こえるわけでもないんだけど」
ジャックは、クラックリングと呼ばれる、豚の脂身をカリッカリになるまでローストしたものを、スナック菓子よろしく噛み砕きながら、分厚い肩を揺すって笑いました。
「だったら、どうやって上手くやってんだ? テレパシーか?」
「どうって……。ただ、気にしなくなった。ああ、ううん、気にしてはいる。だって、毎晩階段を上がってくるし、扉もノックするし、きっと部屋に入ってきてもいるんだけど、悪いことは何もしないから」
「マジで! えっ、でも、何もしないんなら、いるかいないかわかんないじゃん? 何かするから、いると思うんでしょ? 悪くないことはすんの?」
向かいの席から矢継ぎ早に質問を繰り出すクリスは、これまででいちばん楽しそう。
ジーンとジャックは、年寄りすぎて共通の話題がないと言っていたクリス。お洒落が大好きで、ファッションに興味がない私ともあまり話が弾まなかったのですが、どうやら我々は、ようやく共に盛り上がれる話題を見つけたようです。
せっかく知り合えたのですから、クリスとも仲良くなりたい。
私は正直に、「消防士の幽霊(たぶん)」との奇妙な共同生活について語ることにしました。
兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。