宮島未奈さん『それいけ!平安部』*PickUPインタビュー*

宮島未奈さん『それいけ!平安部』*PickUPインタビュー*
 宮島未奈さんの新作『それいけ!平安部』は、高校生たちが新しい部活を作る物語。平安時代マニアが登場すると思われるかもしれないが、実は顧問も生徒も限りなく知識はゼロ。彼らはいったいどんな活動をするのか? 優しくて笑えて眩しい青春小説が生まれたきっかけは。
取材・文=瀧井朝世 撮影=浅野剛

 県立菅原高校に進学した牧原栞は、クラスメイトとなった平尾安以加から「新しく平安部を作りたい」ともちかけられる。中学生時代に教師から平安顔だと揶揄されて以来、平安時代が大嫌いだった栞だが、安以加の熱意にほだされ入部を決意。新部創設に必要な5人の部員をなんとか集め、いざ活動を始めようとするが──。宮島未奈さんの『それいけ!平安部』は、1から活動を始めていく高校生たちの姿を生き生きと描くピュアな青春小説だ。

「編集者と連載の打ち合わせをした時、部活ものはどうか、という話になったんです。その時、他にはない部活を1から作る話がいいなと思ったんですよね。最初にイメージしたのが、うすた京介さんのギャグ漫画『セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん』でした(笑)。あれも、セクシーコマンドーって何? というところから部活を始めていくんですよね。部活のみんなが仲がいいところが印象に残っていました。じゃあどんな部活がいいかと話すうちになぜか平安部を思いついたんです。どうしてそこに流れついたのかは、私もちょっと記憶がなくて(笑)。打ち合わせをしたのが2023年の早い時期で、2024年の大河ドラマが平安時代が舞台の『光る君へ』だということも知りませんでしたし」

宮島未奈さん

 宮島さん自身、特別平安時代に詳しいわけではなかったという。

「編集者が送ってくれた平安時代に関する豆知識の本を読んでいるうちになんとなく、私くらいの知識レベルからスタートする話にすればいいんじゃないかと思うようになりました。だから主人公の栞ちゃんを平安時代にまったく興味がないし、なんならちょっと憎しみすら抱いている子にしたんです」

 栞たちは県立菅原高校に通っているが、これは架空の学校だ。

「どこにでもありそうな地方都市ということで、具体的な県名は書きませんでした。ただ、京都に電車で3時間半くらいで行ける場所をイメ―ジしています」

 学校にはすでに歴史研究部や百人一首部があるが、安以加は「平安の心を学びたい」と、あくまで平安時代に特化した部活にこだわる。同好会でなく部活にすべく、栞と安以加は入部してくれそうな人の情報を集めてアプローチ。こうした部活創設の過程も丁寧に、楽しく描かれる。「やっぱり部員集めって楽しいところだなと思ったんですよね」と宮島さん。

 集まったのは、安以加、栞、百人一首部の幽霊部員だった2年生の明石すみれ、中学まではサッカー部で高校では楽な部活を希望していた1年生の大日向大貴、安以加の幼馴染みで超絶イケメンの2年生、光吉幸太郎。顧問は栞たちの担任教師、藤原早紀子だが、理系の教師の彼女もまた平安時代に詳しいわけではない。

「明石さんはツッコミ役のお姉さんがいるといいかな、くらいの気持ちでした。心強い先輩でもありますよね。大日向君を元サッカー部という設定にしたのは、蹴鞠をやることになるかな、と思っていたので。サッカーで芽が出なかったけれど蹴鞠で頑張る人を考えていました。光吉幸太郎は光源氏のイメージです。イケメンなんだけれど変な子、というのが面白いかなと思っていました。ただ、『成瀬は天下を取りにいく』の成瀬がぶっ飛んだキャラクターだったので、今回はあまりそういうキャラは出しませんでしたね。平坦な日常ものとして、日常系アニメのような温度を意識していたように思います」

 いざ部活を立ち上げてから判明したのは、じつは安以加も平安時代には憧れているだけで、詳しくはないという事実。そのため、毎週月曜日の活動日に何をするか、彼らは手探りしていくこととなる。平等院の52種類の雲中供養菩薩像の写真のトランプで遊んだり、歴史博物館に足を運んだり、蹴鞠に挑戦してみたり──。

「連載中、私自身が部員たちと同じように、毎回なにをやるか頭を悩ませていきました。書く前に京都に取材に行ったので、そこで見聞きしたことを結構盛り込みました。トランプは本当に平等院で見つけたものです。栞ちゃんたちが〝こんなトランプがあるんだ〟と珍しがるのは私の実感でもあるし、それで親睦を深めていく場面はトランプがあったからこそできたシーンです」

宮島未奈さん

 やがて彼らは、京都で蹴鞠大会が開催されることを知り、参加を決めて練習に打ち込むように。

「蹴鞠大会は連載途中で思いつきました。『セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん』も一応大会みたいなものに出るので、架空の大会をでっちあげることは最初からうっすら意識にあった気がします(笑)。山口県で開催されている蹴鞠ワールドカップの開催要項や動画は一通り見て参考にしましたが、作中に書いた大会はまたちょっと違います。鞠によって多少重心が違う、なども私が勝手に考えたものです」

 また、彼らは文化祭の準備についてもアイデアを出し合っていく。どの場面でも、5人が協力的に接し合っている様子がじつに清々しい。

 宮島さん自身は高校時代、文芸同好会に入っていたがあまり活動はせず、ほぼ帰宅部だったという。

「毎日すごく早く家に帰っていました。なので、部活動については全然、自分の経験は反映されていないんです。むしろ、こんな部活があったらいいなという気持ちでした。これがすべてではないけれど、自分の理想の部活の形のひとつとして平安部を書いた気がします」

 理想というのは、主にどの部分?

「お互いに尊重しあうところですね。書くにあたって少し意識していたのは、5人が5人とも必要、ということでした。誰か一人が欠けても駄目で、一人一人が尊重されている。5人のバランスがうまく取れていて、一緒にいて居心地がいいところが理想です」

 少しずつ、部員たちもそれぞれ、わだかまりやコンプレックスを持っていることが見えてくる(飄々とした幸太郎はちょっと別)。ただ、そうした心の機微は、意識的に書いたわけではないという。

「みんな何かしら悩みはあるんだけれど、あまりそこにフォーカスはしたくないなと思っていました。ただ流れの中で自然と出てくるものを入れていったという感じです」

 その描き方が絶妙。思春期にごく些細なことでクヨクヨしたりモヤモヤしたりした、あの感情を思い出す人も多いのでは。たとえば、百人一首部の幽霊部員だった頃の明石さんが、なかなか部活を辞めたいと言い出せなかった気持ちは、分かる人には分かるはず。

「自分も十代だった時の小さなことを結構憶えているんです。この小説は自分の実体験をもとにして書いたわけではないけれど、感情については、私も抱いたことのある感情を書いたなと思います。自分は明石さんのような幽霊部員ではなかったけれど、幽霊部員だったらこんなふうに思うだろうなとか、私もこういう時にこう感じたことがあったな、という部分を取り出して書いている感じです」

 5人だけの世界で閉じているわけではないところも魅力だ。顧問の藤原先生は部活にあまり参加しないが、応援する時は全力で応援してくれる。偶然知り合った高校のOGや、蹴鞠大会で出会った京都の白虎高校の生徒たちとの繫がりも生まれていく。

「仲間というのは一気に大勢集まるのでなく、少しずつ増えていくものだと思っているんです。書いている間それを意識していたわけではありませんが、もともとそういう思いがあったので、自然と、平安部の彼らがじわじわと認められていく展開になったのかなと思います」

 大日向君が調べものが得意で知らない人にもすぐにスマホでコンタクトをとる様子や、学校内外で生徒たちが気軽に LINE で繋がる様子は現代的。

「自分の小学生の頃を思い出すと、何かの課外教室で他の学校と一緒になる機会があっても、他校の生徒と口をきくことはなかったんです。でも自分の子供を見ていると、わりと垣根なくすんなり打ち解けているんですよね。時代の流れかなと思うんですけれど、そのあたりの実感が反映されているのかなと思います」

宮島未奈さん

 部員たちが関わる人々の多くが親切で気持ちがいい。根っからの悪人や意地悪な人がいないため、読んでいて心地がよいのだ。

「もっと嫌な書き方もできるけれど、自分の小説でそういうことはしたくないんです。嫌な気持ちになる小説で優れたものはいっぱいあるし、私もそういう小説を読むのは好きだけれど、書く時はそうしない、と思っています」

 新しいことへの挑戦、友情、他者との繫がり、ささやかな悩みや劣等感、精神的な成長、希望のある展開……。読者層を限定する作品ではないものの、魅力的なジュブナイルの必要条件を満たしている。宮島さん自身も、児童書やジュブナイルをよく読んでいたのだろうか。

「読んでいないですね。ジュブナイルがどういうものかもよく分かっていません。読んでこなかったからこそ、今書いているのかもしれないです。ただ、読者層は特別意識していませんでした。小学生や中高生が読んでくれるといいなと思うし、『成瀬は天下を取りにいく』ファンの大人には物足りないと言われる覚悟はしています。でも書店員さんの感想を見ると褒めてくださっているので、大人にも楽しんでもらえるとは思っています」

 昨年、デビュー作の『成瀬は天下を取りにいく』がいきなり本屋大賞を受賞したことで多忙を極めていたが、今年になってようやく落ち着いてきたのだとか。

「昨年、成瀬関連のことに追われるなかで『婚活マエストロ』を出した時、面白いと言ってくださる方の感想がすごく嬉しかったんです。それがないと自分が新しいものを書く意味がなくなってしまうので。『それいけ!平安部』も、楽しんで読んでもらえたら嬉しいです」

 今後は、成瀬シリーズの第3弾の準備のほか、「小説 野性時代」に掲載した〈ギャル僧〉とその元同級生の青年が出てくる「ひかるリザードン」の続きを書く予定。

「私はエッセイを書くのは早いんですけれど、小説はすごく時間がかかるんです。やっぱり疲れないように書くのが大事だなと感じているので、自分のペースで、ゆっくり書いていきたいですね」

それいけ!平安部

『それいけ!平安部』
宮島未奈=著
小学館

宮島未奈(みやじま・みな)
1983年静岡県富士市生まれ。滋賀県大津市在住。京都大学文学部卒業。2021年「ありがとう西武大津店」で「女による女のためのR-18文学賞」大賞などトリプル受賞。同作を含むデビュー作『成瀬は天下を取りにいく』は、坪田譲治文学賞、2024年本屋大賞など多数受賞。他の著書に『成瀬は信じた道をいく』『婚活マエストロ』。


連載[担当編集者だけが知っている名作・作家秘話] 第29話 桐野夏生さんとEdgar Award
TOPへ戻る